自分の体や口のにおいが悪化しても、「年だから」「元からにおうほうだから」と自らを正当化しようとする人は少なくない。だが、放っておくと相手を不快にさせるだけでなく、重大な健康問題を引き起こす恐れがあることを知っているだろうか。
予防医学を専門とする内科医兼産業医の桐村里紗氏は、このほど上梓(じょうし)した『日本人はなぜ臭いと言われるのか 体臭と口臭の科学』(光文社新書)のなかで、個々人の持つにおいが健康のバロメーターとしての役割を十二分に果たすことを明らかにしている。今回はそのなかから「口臭」について聞いた。
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―在日外国人の7割が「日本人は口が臭い」と落胆していることにはとても驚きました。
桐村 「欧州人は体臭がキツく香水もにおうけど、日本人は臭くない」というイメージを持たれる方もけっこういると思いますが、口腔(こうくう)内のケア、特に予防歯科に関しては、彼らはとても先進的です。日本の予防歯科は、医療先進国の中でもかなり後発なんですよ。
―なぜ後れを取るようになったのでしょうか。
桐村 欧米と日本では保険制度が違うことが要因のひとつにあると思います。日本の場合は国民皆保険制度であるため、「病気になったら国が負担してくれる。歯科は虫歯になってから行けばいい」という考えが当たり前になってしまっています。
一方で、米国は一部の対象者以外は、私費で保険に加入しなくてはなりません。高額な保険に入れない人も多く、入ってもカバーされないケースも多いから、虫歯を患うと治療費がとても高くついてしまいます。ですから、治療をせざるをえない状態になる前に、予防のためにセルフケアすることが定着しているんです。もちろん、歯科医院側でも予防のレクチャーを行なっています。日本では3割程度の歯科医院しか指導を行なっていないのが現状です。
―現代の日本人に多く見られる口臭の原因はなんですか?
桐村 圧倒的に多いのが「歯周病(歯周炎や歯肉炎など)」です。すでに「35歳以上の日本人男女の8割がなんらかの程度の歯周病である」という統計(厚生労働省平成23年度歯科疾患実態調査報告)が出ている上、「そのうちの9割が歯周病に侵されている自覚がない」ともいわれています。もはや「国民病」ともいわれる規模の大きさです。
あと、歯周病のほかにも現代人の生活習慣ならではという、口臭の発生原因があります。そのひとつが「スマホ」です。
―スマホを使って口が臭くなるんですか!?
桐村 スマホやPCが発するブルーライトが目に入ると交感神経が強い刺激を受けるので、緊張感が増して口が乾きやすくなってしまうんです。
さらに、電車内などで下を向いてスマホに没頭することで猫背になると口元の筋肉は緩みますし、ぽかんと口を開けて呼吸をする頻度も自然と増えるため、唾液が減ってしまって口臭の原因になりやすいんです。
―完全に私も該当しています(笑)。それに歯周病も長らく患っていまして......。歯磨きはしっかりしてきたのですが。
桐村 「食べたらすぐに歯を磨く」ことを習慣にし、それだけで歯周病予防ができたと思っている方がとても多いのですが、それでは歯全体の6割ほどしか磨けていません。そこで大切になってくるのが、歯間ケアです。
歯周病菌の原因となる歯垢(しこう)は、食べカスから生成され、最終的には8割が細菌で構成されるようになります。これを歯周ポケットや歯間に作らないようにしなくてはいけません。そのためには、歯間ブラシやデンタルフロスを使って、こまめに食べカスを取り除く必要があります。日本ではまだまだこういった道具を使うことが定着していないことが問題です。
そして、ベストのタイミングは、食後ではなく起床後と就寝前です。就寝時は口腔内が長時間乾燥するため、口腔内の細菌がさらに増殖し、細菌密度は人間の糞便(ふんべん)を上回るレベルにまでなりますから。
―口の中が大便器みたいになっていると......。確かに、唾液が少ないと口がベタついて臭くなりますね。
桐村 唾液は一見、臭くて汚いものだと思われがちですが、とても大切です。唾液は、人間の体内を一日に1~1.5リットルほど流れることで口腔内に潤いを与えるだけでなく、強い殺菌力を持っています。
例えば、唾液に含まれるラクトフェリンという成分には歯周病のもととなる嫌気(けんき)性菌(酸素を嫌う菌で、歯周ポケットの奥に入り込む)が生む毒素(LPS)を抑える働きがありますし、塊になった歯垢を分解する力を持っています。
―ただ重要とはいっても唾液の量には個人差がありますよね。
桐村 そのとおりです。ドライマウスの方だけでなく加齢が進むと唾液の分泌量は減っていきますし、口元の筋肉も緩み始めるため、口呼吸も増えてしまい乾きやすくなります。そのため、唾液腺のマッサージや咀嚼(そしゃく)回数を増やすことを推奨します。
―ちなみに歯周病菌はどのようにして口の中に感染するんですか?
桐村 他人からの感染ですね。主には小さい頃に親からもらうのですが、恋人同士のキス(回し飲みを含む)や接触によって感染するケースがよく見られます。相手の口が臭い場合は要注意ですよ。
―歯周病をそのまま放置してしまうと、どのような危険が?
桐村 歯周病菌はとても速いスピードで体内に入っていきます。すると、全身で炎症を起こして動脈硬化や糖尿病の悪化の原因にもなりますし、血液に乗って脳に届いた場合はアルツハイマーの原因にもなりかねません。消化管に入ると、食道がんや大腸がんの原因になることも報告されています。
―恐ろしいですね。菌はどんどん蓄積していくものですか。
桐村 はい。例えば30代で歯周病菌が体内に侵入している人は、そのまま蓄積すると、年を取ってから重大な病気にかかる可能性も高くなります。週プレの読者世代は特に注意すべきでしょう。ほかにも、肝臓が悪い場合は独特のアンモニア臭が口からするようになるなど、各臓器が不調を来すと口臭も変化してきます。
たいていの生活習慣病が歯周病と密に結びついているんですよ。
―しかし、あまりその結びつきがピンとこなかったのが正直なところです。
桐村 日本では医師と歯科医師の連携が浅いため、なかなか実感が湧きませんよね。もちろん医師は、例えば循環器科であれば、動脈硬化に歯周病が関係していることを理解しています。しかし、「ケアは歯科がやること」という考え方が定着してしまっているんです。
一方で歯科では、全身の疾患については、医科の領域であるためなかなか言及できません。
このような事情からも、日本は口腔から病気を予防、ケアする口腔内科をより強化し、広めていく必要があるんです。
―そうなることを願います。まずは、自分でケアをして予防に努めようと思います。
桐村 ぜひそうしてみてください。「予防」というと、どうしても前向きにやりたがる人は少ないのですが、「口臭」という切り口であればやる気になるでしょう。誰だって「クサい」と言われたらいやですからね。
忙しい日々を送っていると、自分の健康はつい後回しになってしまいがちですが、ぜひ自身の健康のバロメーターとして口臭には敏感になってもらえたらと思います。
●桐村里紗(きりむら・りさ)
1980年生まれ、岡山県出身。2004年愛媛大学医学部医学科卒業。内科医、認定産業医。治療よりも予防を重視し、最新の分子整合栄養医学や生命科学、常在細菌学、意識科学、物理学などをもとに新しい時代のライフスタイルとヘルスケア情報を発信。監修した企業での健康プロジェクトは、第1回健康科学ビジネスベストセレクションズ受賞(健康科学ビジネス推進機構)。著書に『「美女のステージ」に立ち続けたければ、その思い込みを捨てなさい』(光文社)などがある
■『日本人はなぜ臭いと言われるのか 体臭と口臭の科学』
(光文社新書 860円+税)
誰にでも生理的なにおいはあるが、近年「スメハラ」という言葉が流行しているように、時ににおいは他人を不快にすることがある。そして、医学の観点から見れば、体臭や口臭の悪化は健康にも重大な影響を及ぼすことがわかっているのだ。「日本人は臭くない」という固定観念にとらわれることなく、今こそ自らのにおいと向き合うべき。予防医学を専門とする著者が、体臭と口臭の種類と原因、対処法などをわかりやすく解説する