木村医師が実際に使用する注射器。針は極細で痛みはほぼないという 木村医師が実際に使用する注射器。針は極細で痛みはほぼないという

■バイアグラが飲めない人にも効くED治療法

最近では年齢問わず、患者数が増加しているED(勃起不全)。中折れも含めて、悩んでいる読者もいるだろう。

特効薬としてバイアグラやレビトラ、シアリスなどの内服薬があることはよく知られているが、今、巷(ちまた)ではまったく別のED治療法が注目を集めている。陰茎海綿体注射(ICI治療)だ。最新の『ED診療ガイドライン第3版』(日本性機能学会など)でも、バイアグラなどの内服薬に次ぐ、第2の選択肢として明記されている。実際、内服薬が効かない患者の約8割に有効との報告もあるそうだ。

陰茎海綿体注射のメカニズムは至ってシンプル。陰茎の海綿体に血管拡張剤を自己注射して勃起させるというものだ。最新のED治療法かと思いきや意外とその歴史は古く、1980年代前半から現在に至るまで、注射する薬剤の改良がなされている。現在の世界標準は「PGE1(プロスタグランジンE1)」という薬剤で、86年に東邦大学医学部の石井延久名誉教授が世界で初めて発表したもの。30年以上の歴史を持つ、日本発のED治療法なのだ。

「糖尿病による重症EDの方、前立腺がんなどで勃起神経を損傷した方など、さまざまな患者に有効です。ところが、日本では厚生労働省の認可を受けていません。通常、薬剤や治療法は医薬品メーカー主導で治験をして厚生労働省の認可を受けますが、この分野に関してはそういった動きがありません。美容外科やED専門クリニックが乱立して、主導権が学会から離れてしまいまっとうな医療行為として認識されなくなってしまったことが原因だと思います」

こう語るのは、帝京大学医学部泌尿器科の木村将貴(まさき)講師。木村医師は2014年から、同大学附属病院で陰茎海綿体注射を100人以上の患者に行なっている性機能専門医だ。

陰茎海綿体注射は、日本以外の先進国ではほぼ認可されており、世界80ヵ国以上の国でEDの標準治療になっているという。ところが、日本では2011年にED診断薬として認可され、保険診療も可能になったが、治療薬としてはいまだに認可されていない。そのため、クリニックによって、さまざまな方式が行なわれているのが現状で、通常の医療のように標準治療がなく、患者に不利益が大きい。本来、海外のように国から認可され、医師、薬剤師が処方すべきなのだが......。

「日本はED治療で世界にかなり後れを取っています。認可されているED治療薬は3種類だけですし、世界の標準治療法となっている尿道にスポイトで薬剤を注入するMUSE、プリリジーやポゼットなどの早漏防止薬などに関しても未認可ですからね。陰茎海綿体注射は認可に向け、性機能学会主導で現在、当院も含めて、全国30ヵ所の医療機関で自主臨床研究を進めているところです」(木村医師)

■効き目はすごいが大きなリスクも......

帝京大学附属病院では薬剤、生理食塩水、注射器、注射針、消毒用綿を処方する。手順は左のように簡単だ。

(1)薬剤を生理食塩水で溶いて、注射器に注入する。

(2)陰茎を消毒用アルコール綿で消毒する。

(3)陰茎上部のふたつの海綿体のどちらかに斜め45度から注射針を刺し入れ、薬剤を注入する。注射針は細いので、痛みはほとんどない。

(4)その後、注射部位を消毒、1分程度圧迫する。

重大な副作用が起こる可能性もあるため、初回は医師が指導しながら施術。勃起が正常かどうかの確認など、経過観察をする。

ネットを見ると、調合した液体薬剤、注射器、注射針が一体化したオートインジェクター方式も数多く紹介されている。この方式なら比較的手軽に自分で注射ができそうだし、個人輸入でも入手できるようだが、木村医師はここで警鐘を鳴らす。

「個人輸入で、医師の指導なく注射をするのは論外。また、インジェクター方式は衛生上、問題があります。液体薬剤は使用期限が短く、冷蔵保存していても、せいぜい3ヵ月程度。使用期限を超えた薬剤の注射は、かなりリスキーです。ですから、当院では使用期限が長い乾燥薬剤を、使用前に生理食塩水に溶いて使うようにしてもらっています」

陰茎海綿体注射の気になるその効果は? 約10年ほど前に使用した経験を持つ、作家の石丸元章(げんしょう)氏が語る。

「まだ40代前半のときに試したんですが、ものすごい効き目でしたよ。まるで青春時代のように屹立(きつりつ)しているアソコを見て感動。ちょうどクリスマスの時期で、忙しくて寝不足だけど、どうしても彼女としなければならなかった。バイアグラを何錠飲んでも効かなくて、ネットで探したクリニックで治療を受けたんです」

驚くほどの効果が得られたが、その夜、恐ろしいことが起こった。

「5、6時間たっても勃起が収まらないんです。だんだん痛くなってくる。10時間を超えた頃から、もう激痛です。そういうリスクは事前に知らされていたんですが、まさか自分がそうなるとは思っていませんから。夜中だったけど担当医の携帯電話に連絡して、中和剤を注射してもらい、翌日未明にやっと収まりました」(石丸氏)

陰茎海綿体注射の最大のリスクはこの「持続勃起症」だ。

「持続勃起症は4時間以上も勃ち続ける状態のことですが、早めに処置しないと海綿体組織が壊死(えし)してしまう可能性があるので、きちんとした処置ができる性機能専門医がいないクリニックでの治療はリスクが大きい。また、糖尿病合併症などによる血管性EDの患者以外、当院では若い方を対象としていません。自力で勃起できる方には危険すぎます」(木村医師)

勃起しづらくなってきたから、と軽い気持ちで受診するものではないのだ。さらに、木村医師は続ける。

「EDの人は将来的に心筋梗塞や脳梗塞を発症するリスクが、EDではない人と比べて2倍ほど高くなるといわれています。EDになるということは陰茎に流れる小さな血管に血栓が詰まっているということなので、動脈硬化などの病気が進行していることが多い。つまり、EDは成人病のサインとも考えられる。本当はEDの疑いがあったら、医療機関で内科などの検査を受けたほうがいいんです。性機能は人間全身のバロメーターでもあるわけですからね」

■ED治療はますます世界に後れを取る?

前述のように、7年前にED検査薬として認可されたPGE1。治療薬として認可される日も近いのだろうか?

ところが......今年、大きな逆風が吹いた。4月に施行された臨床研究法だ。同法では未承認薬などを使って行なう治療を「特定臨床研究」と規定。データ操作など不正が行なわれないよう、研究者にモニタリング、監査を義務づけているが、陰茎海綿体注射にも同法が適用されたのだ。

「1年以内に治験並みの膨大なデータをそろえなければならなくなりました。また、ものすごい手間や費用がかかる一方、罰則もあります。ですから、現状、来年度以降も続けることはなかなか難しい。現在の臨床研究を中止せざるをえなくなると、臨床データを集められなくなってしまいます。認可には臨床データの数も重要ですから、認可への道はますます遠ざかっているんです」(木村医師)

ほかの未承認薬を使った性機能障害治療の臨床研究も同様。今後、陰茎海綿体注射も自由診療で続けられるだろうが、認可される見込みは極めて低いわけだ。

「将来EDになる不安は誰にでもある。これからの高齢化社会を考えると、陰茎海綿体注射は最大の希望。正しい使い方をすれば問題ないわけですから、正しく普及してほしいですね」(前出・石丸氏)

ED治療後進国、日本。ますます世界に後れを取る可能性が高まっている。