世の中には多くの開運本があるが、本書ほど風変わりなタイトルはないだろう。「運の技術」「AI時代」と開運本にはふさわしくない単語が並び、「たった1つの武器」という力強い締め方はビジネス書を彷彿(ほうふつ)とさせる。
しかし、これを書いた人物の経歴を見れば、ある意味納得かもしれない。著者の角田陽一郎氏は、元TBSのプロデューサーで、これまでに『さんまのSUPERからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』などを手がけてきた人物。独立後は「なんでもやる」という意味で、「バラエティプロデューサー」を自称して活動している。
『運の技術 AI時代を生きる僕たちに必要なたった1つの武器』はそんな彼が、テレビマンとしての経験や多くの著名人との交流のなかで目の当たりにしてきた開運のテクニックを体系化し、一冊にまとめたものだ。
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―本書には、「やりたいことに『いい名前』をつける」や「『整えすぎ』は運を逃す」など、開運のための心がけがたくさん詰まっていますが、角田さんはすべて実践されているんですか?
角田 いえ、むしろできていないからこそ、自分も運を引き寄せるための行動を心がけたいと思って書いたんです。というのも、僕は「著者は常に自分のために書いている」と思っていて。『7つの習慣』の著者はもともとそれだけの習慣を実践できていなかったと思うし、ナポレオン・ヒルは思考を現実化できていなかったんじゃないかと。
―なるほど。
角田 加えて言うと、僕自身、この本に書いてある技術や考え方を、メソッドとして日頃から個々の出来事に当てはめたりはしていません。感覚的には、そういった技術や考え方、すなわち教養を自分の頭の中に"だし"として入れ込んで、日々の生活の中でじわじわと効いてくるようなイメージですかね。
―どういうことでしょう?
角田 例えば、秋元康さんが「『川の流れのように』はマンハッタンの高層階からハドソン川を眺めているときに思いついた」と語っているエピソードがあるんですが、実はその一方で、「いろんな経験が自分の中でごちゃ混ぜになり、歌詞としてにじみ出てくる」というニュアンスのことも語ってらっしゃるんです。僕はこの考えにすごく同意していまして。「思いついた」とだけ聞くと、アイデアが降りてきたように聞こえるけど、実はそうではないのかなと。
つまり、この本で言いたいことは「運のいい人のように生きろ」ってことではなく、「運のいい人の考え方を自分の頭の中にいったん入れろ」ってことなんです。そうすれば、どこかのタイミングでその教養が"だし"として生きてくるかもしれない。
―「運の技術」は教養であって、テクニックではないと。
角田 そのとおりです。僕は教養というのは悩みから解放されるためにあるものだと思っているんです。教養は英語でリベラルアーツといいますよね。つまり、「自由に生きるための武器」なんです。そういう意味で「運の技術」も教養のひとつなんですが、人は悩みから解放されたいとき、「考えるな、感じろ」的な、スピリチュアルな方向に走ってしまいがちなんです。
―考えることすら放棄すると。
角田 でも僕は「考えて、感じりゃいいじゃん」って常に言ってて。みんな何かに直面すると「AorB」と考えがちだけど、どうせなら両方の良さを知った上で「A and B」を選ぶほうがいいんですよ。
例えば、「女は顔か性格か」という話になったとき、かわいいコと付き合ったことがない人はそもそもこの問いに答えられないはずです。もし両方の経験があるなら、「女は顔じゃない。性格だ」と思ったとしても、「でも、どうせならかわいくて性格もいいコが一番いいよね」となるはずなんです。
―確かにかわいくていいコなのが一番です(笑)。本書ではそんなふうに、既成の価値観や決め事に縛られず、柔軟に動いていろいろな人と交わる「渦巻き思考」についても書かれています。角田さん自身が心がけていることってありますか?
角田 僕は最近、もらった仕事をその人に返さず、別の人に返しています。「ボルテックスマネジメント」と自分で勝手に呼んでいるんですが、そうすると自然と"渦"になるんです。
―渦ですか?
角田 以前、対談した立命館大学大学院准教授の小川さやかさんの著書に『「その日暮らし」の人類学―もう一つの資本主義経済』という本がある。アフリカのタンザニアでは金の貸し借りは1対1ではなく、1000人規模で数珠つなぎのように行なわれていて、セーフティネットのようになっているって内容で。
保険や会社の終身雇用といったシステムで未来の保証を得ようとする日本人から見れば、そういう経済はインフォーマルなものに映るかもしれないけど、タンザニアの彼らはまったく不安を感じていない。
冷静に考えてみれば、日本だって縄文時代とかはそうやって生きていたんです。となると、徳川幕府や明治時代の変革によって、今の生き方が普通だと思うようになってきただけかもしれない。
―角田さんは今、ある意味それを実行していると。
角田 実際、いろいろな人に貸しをつくっていると関係が途切れないんです。日本語でいうところの「恩送り」ですね。
―すでに日本語にもそういうニュアンスの言葉ありますね。
角田 ボルテックスマネジメントは本を読んで得られた発想ですが、最近、本を読まない人が増えてきたなと実感させられた出来事がありました。ある人気ユーチューバーの方に「若者が本を読まない5つの理由」を聞いたんですけど、これが衝撃的でした。
「つらい」「時間がもったいない」「楽しくない」「書き手が知らない人」と、ここまではある程度予想できますが、5つ目はなんと「ネットのほうが便利」という理由でした。
―ん、読書は不便ってことですか? 意味がよく......。
角田 例えば、ドストエフスキーの『罪と罰』は本で読むと長いけど、ネットだとまとめサイトにストーリーが書いてありますよね。だから、若者からしてみれば、「まとめでいいでしょ」ってなるんです。
本自体にアクセスすること自体が面倒と思っているんですよね。「海外旅行楽しいよ」って言っても、「成田空港に行くのが面倒」という理由で行かない、みたいな。そうやって便利か不便かでしか物事を考えずに、教養を得ることに楽しさを感じられないってかなり危険だと思いましたね。
●角田陽一郎(かくた・よういちろう)
1970年生まれ、千葉県出身。 東京大学文学部西洋史学科卒業。1994年、TBSテレビに入社。『さんまのSUPERからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』『オトナの!』などの番組を担当した名ディレクターとして高い評価を受ける。2016年にTBSテレビを退社。バラエティプロデューサーとして独立し、キングコングの西野亮廣、コルク代表で編集者の佐渡島庸平らのトップクリエイターと共に、テレビの枠に収まらないさまざまなフィールドで、時代に求められる新たなライフ&ビジネススタイルの創造に挑戦し続けている
■『運の技術 AI時代を生きる僕たちに必要なたった1つの武器』
(あさ出版 1400円+税)
明石家さんま、中居正広、キングコング西野亮廣など、「運がつきまくっている」人たちを長年にわたって見てきたバラエティプロデューサーの著者は、「開運」の仕組みは論理的に説明できることを発見。「自分ごと化する」「渦巻き思考」など、その技術は理論的で今の時代を強く反映した内容。「運を良くしたい」と願う人はもちろんのこと、企業の中でくすぶっている人に役立つビジネス書としても役に立つこと間違いなし