マレーシア・タビンの野生動物保護区の一画で飼育されているスマトラサイの雄「タム」を日本のメディアで初めて撮影した

マレーシアの州政府の許可を得て、普段は人の立ち入りが固く禁じられているボルネオ島の野生動物保護区に入った!

旅の目的は、絶滅危機に瀕する野生のスマトラサイの捜索に同行すること。危険なジャングルに分け入り、実は日本人とも関わりの深い希少サイをめぐる現状を前後編でリポートする!

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幻のスマトラサイの足跡がボルネオ島で発見――。マレー諸島の国々だけに生息するスマトラサイは近年、個体数が激減。マレーシアでは2015年に絶滅が宣言され、野生から姿を消したはずだった......。

しかし、その足跡の目撃情報が飛び込んできたことで野生のスマトラサイ探しがスタート。今回、現地の捜索隊と野生動物保護区に入る貴重な機会を得て、大量のヒルや人食いワニが待ち構える熱帯雨林のジャングルで野宿をしながら、サイ探しの探検に同行した。

■密猟者が見た幻のサイの足跡

スマトラサイはシロサイ、インドサイなど世界に5種類いるサイの一種。体長3m前後、体重1t程度とサイの中では小型の部類に入る。マレー諸島に浮かぶボルネオ島(マレーシア、インドネシア、ブルネイ領)とスマトラ島(インドネシア領)などに生息していたが個体数が激減し、1965年には超希少種、96年には絶滅危惧種に指定された。

まだスマトラ島にわずかに生息するとみられているものの、はっきりした目撃情報は得られていない。一方、ボルネオ島ではすでにマレーシアが2015年に絶滅を宣言。インドネシア側では2016年3月に40年ぶりに野生の個体が見つかったが、捕獲後まもなく死んでしまった。

つまり現在、野生で生存が確認されているスマトラサイはおらず、辛うじて飼育下で数頭がマレーシア、インドネシアのそれぞれに存在するだけだ。

そんななか、ボルネオ島にあるマレーシアのサバ州で、数年前に親子の足跡が見つかった。星槎大学大学院教育学研究科教授で、マレーシアの環境団体「ボルネオ保全トラスト(BCT)」の創設者でもある坪内俊憲氏が説明する。

「2016年のある日、密猟者が州内のジャングルでサイの親子の足跡が連なっているのを見たという情報を得ました。それまでWWF(世界自然保護基金)などの団体がサイの調査をしていたものの、成体(生殖が可能なくらい発育した個体)の足跡すら見つからない状態だったので非常に驚きました。

子供がいるということは自然繁殖しているということです、捕獲できれば人工繁殖の道も開けるからです」

それから坪内氏はすぐさまサバ州政府の協力を取りつけ、野生のスマトラサイ探しに乗り出す。昨年2月に、サイが出没しそうな場所に自動撮影カメラを設置して、その姿をとらえるプロジェクトがスタート。現在も進行中だ。

今回はその坪内氏らへの同行取材が認められた。足跡が見つかったボルネオ島北東部にある「タビン野生動物保護区」(サバ州)のジャングルを延々と歩くのだ。

これは貴重な機会でもある。というのも、同保護区は東京23区ふたつ分に相当する1225平方kmの広大なエリアだが、ごく一部を除いて人の立ち入りは禁止。そのため自然の宝庫で、植物だけで5000種以上、昆虫と動物を合わせると10万種類を超える種が生息する。

なかでも、人の手が入らない原生林が広がる「コアゾーン」には未発見の種もまだまだあるといわれている。そもそもボルネオ島自体が世界最古の熱帯雨林と呼ばれ、生物多様性に富んでいる地域。その自然豊かな保護区に、サバ州政府から特別許可を得て入域することになったのだ。

保護区にあるタビン川流域には、広大な原生林と二次林が広がる

■川に首まで漬かり船を押す

6月下旬、サバ州の州都コタキナバルから車で12時間かけて西から東に州を横断し、タビン野生動物保護区に接するダガット村に着いた。ここがジャングルへと繰り出す起点だ。

セガマ川流域に位置するこの村は、少数民族のティドン族16世帯が住む小さな集落。生活のほとんどが自給自足で、水は雨水を使い、電気は一日のうちわずかな時間だけ発電機で賄う。

ガイド役をしてくれるのは地元のジャングルを知り尽くす村人6人。1998年にここが野生動物保護区になる以前、森を自在に走り回りながら木を切り、動物を狩っていた人たちだ。彼らを頼りに、サイの足跡を探す3泊4日のジャングル探検が始まった。

(後列左から)坪内俊憲氏(63歳)、クリン(30歳)、バスリン(30歳)、石上淳一氏(31歳)、(前列左から)エンディック(32歳)、リジャム(36歳)、サプリ(48歳)、アフマッド(45歳)。ジャングルを共に歩いたメンバー

初日の朝、村人たちのエンジン付き小舟2隻に坪内氏、BCTスタッフで現地在住の石上淳一氏、筆者が分乗してタビン川をさかのぼる。

熱帯雨林のジャングルに挟まれるように流れる川の水は茶色に濁り、所々大きく蛇行しながらゆっくりと流れる。森には高さ80mを超すフタバガキの大木をはじめとする木々が生い茂り、聞き慣れない鳥たちの鳴き声が響く。オオサギ、カササギサイチョウ、カンムリワシなどだ。

土手の所々や川に大きな木が突き刺さっているため、船はそれを避けながら進む。なぜこんな所に木があるのか不思議に思っていると、坪内氏が教えてくれた。

「この辺りは、1970年代から80年代にかけてブルドーザーで木を大量に伐採しました。川に流したものもあって、それが残っているのです。今森に生えているのは伐採後に生えてきた木々で、つまり二次林です。川の水が濁っているのは、木を伐採したことで森の保水力が落ちたからなんです」

当時、この地域の木を買い漁(あさ)っていたのは、商社など日本の企業だという。


タビン川を木製の小型船でさかのぼる。川は茶色く濁っている。時折、大木や石が行く手を阻めば、全員で協力して首まで川に漬かりながらボートを押す

そのうち川の浅瀬に差しかかると、船は進めなくなった。すると村人と石上氏が水に入って、船を押し始めた。時には坪内氏と私も首元あたりまで水に漬かりながら手伝う。進路に岩があれば数人がかりで抱えてどかす。水は冷たくないが、川底は滑るし、川の流れに逆らって進むのは思いのほか体力を使う。

気をつけないといけないのはワニ。川辺には全長3mを超すようなワニの真新しい跡が残っていた。これは近くにいる証拠。噛まれたら万事休すだ。下流のダガット村付近には時折、ワニに食べられ無残な姿になったイノシシの死骸などが流れてくるという。だが、上流へ行くにはこのコースのみ。危険を覚悟で川に入るしかない。

途中、別の船で1日早く来て、岩などをどけておいてくれた村人たちと合流し、午後3時前に初日のキャンプ地点となる川岸に船を泊めた。ダガット村から直線距離で約16km。周囲にはゾウや絶滅危惧種のバンテン(ウシの一種)の足跡や糞(ふん)がある。だがサイの足跡はない。

川岸で見かけた3m級の巨大ワニの上陸跡。このくらいの大きさになると平気で人を食べるという。夜はいつ襲われるかと不安になった......

■手首、首裏、脇......。あちこちに吸血ヒル

森の中にはすでに数台の自動撮影カメラを設置していて、早速、電池とメモリーカードの交換作業のためにジャングルへ入った。カメラを仕掛ける場所は、主に森の動物たちが泥浴びに来る「ヌタ場」と呼ばれる大きな水たまり。

しかし、木にくくりつけたはずのカメラはそこにはなかった。石上氏が言う。

「おそらくゾウが外してしまったのでしょう。カメラが気に入らないみたいですね」

サイをはじめ動物たちが泥浴びに来る「ヌタ場」と呼ばれる場所。周囲の木の幹に自動撮影カメラを仕掛け、サイを探し出す

手分けしてカメラを探しているうちに雨が降りだした。熱帯特有のスコールだ。ゲリラ豪雨をさらに激しくしたような雨粒が体に刺さる。それでもみんな、びしょ濡れのままなくなったカメラを探し続ける。サイをとらえるための大切なカメラだが、雨や湿気で仕掛けた半分近くが壊れてしまった。これ以上ひとつも無駄にはできない。

歩いている途中、食べかけの木の実が落ちていたので見上げると、はるか木の上からオランウータンの親子がこちらを見ていた。オランウータンはスマトラサイと同じく、ボルネオ島とスマトラ島にしか生息しない絶滅に瀕した動物。森の中で遭遇するのは珍しいそうだ。

夜は村人が捕ってきた大型の川魚を焼いて食べた後、川辺に長いシートを1枚敷いて全員がその上に寝た。昼の暑さと打って変わり、けっこう寒い。コンクリートジャングルの東京と違い、日が沈めば熱が逃げるためだ。

晩飯は川で捕った魚。ガイド役の地元民たちは魚師でもあり簡単に捕らえる。慣れた手つきで魚を焼いてくれた。小骨が多いものの、身はおいしかった

寝ている間に腹をすかせたワニに噛みつかれないだろうか......。そんな心配が頭をよぎる。というのも、川の向こう岸でヘッドライトに反射してキラリと光るふたつの目があったからだ。村人たちによると、1.5m程度の小型のワニだという。

それ以外にも、ここにはたくさんの危険がある。ゾウの群れに踏まれたら一巻の終わりだし、蚊に刺されればマラリアにかかるかもしれない。それに川辺だから、大雨が降って鉄砲水が押し寄せたら一瞬で流されてしまうだろう。でも、防ぎようがないから考えても仕方がない。

白骨化したイノシシ。熱帯ジャングルでは、動物死骸は3ヵ月もあればここまで分解される

2日目も対岸の森でカメラの電池とメモリーカードを交換し、いよいよ3日目。さらに川をさかのぼり、保護区の真ん中辺りにたどり着いた。この近辺にはガイド役のリーダー、サプリが過去にサイの足跡を見た場所が何ヵ所かある。

朝、川岸を歩いているといきなりマレーグマと鉢合わせした。世界最小のクマで絶滅危惧種だ。10年以上ボルネオのジャングルを歩いている坪内氏も、野生のマレーグマを見たのは初めてだという。

朝、川岸でバッタリ遭遇した絶滅危惧種のマレーグマ。世界最小のクマで、野生の個体を見るのは坪内氏も初めてで非常に珍しい

この日に歩くのは「マッドボルケーノ」と呼ばれる場所までの往復12kmで、複数の場所にカメラを仕掛ける。ほぼ直線でジャングルを突っ切るため、アップダウンがかなり激しいコース。普通の山道でも上り下りはきついのに、熱帯雨林の密林となるとさらに大変だ。

まず行く手には枝やツタ類が絡み合っているから、先頭を行く人がナタで道を切り開かないと進めない。足場も所々ぬかるんでいてツルツル滑る。しかも、ヌタ場近くは沼のように足が泥に埋まる。そうかといって体を支えようと適当な枝を持とうものなら、トゲが生えていて手に刺さってしまうのだ。

それにヒルの一種、ヤマビルが至る所で待ち受けていた。5cm程度でオレンジ色の「タイガーリーチ」と呼ばれる大型のヒルは木や葉っぱから人に飛び移り、現地の人が「パチャタナ」と呼ぶ2cmほどのヒルは泥の中から靴や足元にまとわりつく。ヒル除けソックスの上はヒルでビッシリだ。

ズボンや上着、靴などに10匹程度ついていることもあり、尺取り虫のように動きながらあっという間に袖口などから侵入し皮膚に吸いついてくる。気がつかなければたっぷりと血を吸われてしまう。筆者は手首、首裏、脇などあちこちを吸血されてしまった。

体長4、5cmはあるヤマビルの「タイガーリーチ」は鮮やかなオレンジ色をしている。人や動物の皮膚に素早く取りついて吸血するヒルはジャングルのどこにでもいて、現地在住の石上さんも足の血を吸われていた。こうなるとしばらくの時間、血が止まらなくなる

途中で転び、手や足にケガをしたこともあり、後半はクタクタでついていくのが精いっぱい。夜になってからタビン川の中を歩くなどして午後8時過ぎ、ようやくキャンプ地まで戻ることができた。

結局、3泊4日のジャングル移動中にサイの足跡を見つけることはできなかったが、保護下にあるスマトラサイならすぐに会えるという。同じ野生動物保護区の一角に、雄の「タム」(推定30歳)と雌の「イマン」(推定20歳)の2頭がいるのだ。タムは2008年にジャングル近くの農園をさまよっているところを、イマンは14年に森の中で見つかった。

いよいよ幻のスマトラサイに会える。しかも、日本のマスコミに公開するのは初めてとのことだ。ワクワクしながら夕方にサイ舎を訪れると、ちょうどタムが夕飯を食べていた。

間近で見るスマトラサイは、小型とはいえかなり大きく迫力があった。(後編に続く)

保護下にある雌のスマトラサイの「イマン」。タムとの繁殖が期待されている。マレーシアで確認されているスマトラサイはこの2頭のみ

★後編「サイを絶滅に追いやったのは日本人だった!」