「やられた......!」
未承認国家ナゴルノ・カラバフで1泊17時間の弾丸滞在を終え、やり遂げた感いっぱいでアルメニア・エレバンの宿に戻った私。
「ただいま~! 帰ってきたよ。宿代先に払っちゃうね~」と、いつものようにポシェットから財布のついた紐を引っ張ったときだった。スルリ!
「え......?」
紐の先に付いているはずの財布がない。何が起きたか私はすぐに理解した。あのオヤジだ......! 市バスで遭遇したあのセクハラオヤジ......。
ほんの1時間ほど前、ナゴルノ・カラバフからミニバスでエレバンに到着した私は、同乗者たちに手を振り、ひとりで宿までの市内バスを探していた。タクシーでも1000ドラム(約230円)で激安だけれども、市バスだとさらに100ドラム(約23円)なので、トライしてみたくて。
すると、バス停にいたオジサンが言葉は通じないけどジェスチャーで助けてくれようとするので、マップを見せてバスの番号を教えてもらった。
バスでもアルメニア人に優しくされすっかり心を許していた私だったが、彼はすぐさま「ジャパニーズアンドアルメニアン」とか言いながら手をさすってきた。ああ、ただのいやらしいオヤジか......失望。世界のどこでも、バス停ってところは本当にいつも変な人が多い。
バスに乗り込むと、混んでいたけれど座れてラッキー! ......と思ったら左真横に先ほどのオヤジが立ち、なんだかズボンの辺りをモゾモゾさせてくる。気持ち悪いけど、もう完全無視しかない。
私は隣の座席の女性に料金の払い方を聞いたり、グーグルマップで降りる場所に見当をつけながらやり過ごし、目的地に着くと急いでバスから飛び出した。
「はぁ~! やっとエロオヤジから解放された! そしてやっと帰ってきたぞ。都会や!」
そうして無事に宿に戻り、宿代を払おうとして、財布をすられていたことにやっと気づいたのだ。
犯人はあのセクハラオヤジに間違いなかった。貴重品にはいつも紐を付けていたが、その先をまるで手品のようにキレイに外されている。
「どうしよう! クレジットカードもキャッシュカードも免許も全部入ってるのに!」
私はパニックになり、涙も少し出たけれど、良くも悪くもこういった状況にはもう慣れている。
すぐさまパソコンを開き、クレジットカードを止める前に直近で必要な飛行機や宿などの手配、日本に電話するスカイプのクレジットを購入した。それからスカイプで日本に国際電話をしてカード類をストップ。
どこか冷静に我に返り、こんなつまらない被害に遭った自分を情けなく、とても悔しく思った。
「あなたは旅のプロでしょ? なんでスリなんかに......。ここは安全な街よ。あなたはアルメニア人の中で最も悪い人に会ったわ」
宿のお姉さんにもそう言われる始末。睡眠不足で集中力が途切れていたのか、アルメニアの治安の良さに油断していたのか。いや、相手が手品師のようにプロフェッショナルだったから? いやいや、なぜあの時、スリを疑わずセクハラ痴漢オヤジと思い込んでしまったのだろう。
そもそもバスに挑戦しないでタクシーに乗れば良かった! いろんな思いが頭を巡ったが、悔やんでいても仕方がない。財布はもうないのだ。
さて、パスポートを盗られてなかったのが不幸中の幸いだけど、今後どうやって旅を続けよう......。隠していた少しの現金はあるが、カードがなければほとんどのことができない。
でも、メソメソしていてもしかたがないし、明日は次の目的地へのフライトなのでとりあえず急いで警察へ駆け込んだ。言葉が通じないので、英語の通訳を呼ぶと言われ、4時間ほど警察に軟禁状態。
通訳が来てからは、ポリスレポート作成のためにとにかく質問責めだった。
「犯人は何歳くらいだった?」
「多分40代くらいかな? おじさんだった」
「ふむ、じゃあ俺らは何歳に見えるかな?」
30代後半くらいかと答えると、まだ20代だという。
「そりゃ日本人に比べて、俺らは老けてみえるんだ。やっぱりなぁ。ショックだわ!」
と、その後も何人かの警察の年齢当てクイズ大会になってしまい、だんだん私も気を使って若めに答えたりなんかして、いやいや何やってるんだろう、早くポリスレポートをくれ。
クイズ大会が終わると、私の申告書類には「犯人は若い男」と記された。
だいぶ無駄な時間を過ごしたが、結局ポリスレポートは明日取りに来いと言われ、終了。明日、フライトなんですけど......。
あまり寝ていないし、精神疲労がすごい。帰りは雨も降っていて、身体も心も弱り切っていた。通訳の彼が車で送ってくれると言うが、ここで二次被害が起きてはいけないと警戒。でも、言葉が通じるだけでも彼が天使に見えた。
「今日は本当にありがとう。今は何も信じられないけど、きっとあなたは良い人だと信じて車に乗るね」
「安心しなよ。僕は明日誕生日で30になるよ。明日は誕生日パーティーだけど、携帯を教えるから何かあれば気軽に電話しておいで!」
無事に送ってもらうと、宿ではイラン人たちが私のために夕飯を用意してくれていた。
そして、こんなことがあった夜だけれども、やらなくてはいけない仕事がある。原稿作成のために画像データの作業をしようと思いバッグを探ると......あれ? ない。
財布がないことにパニックになっていたが、実はそれだけではなく、なんとハードディスクやSDカード等々データ類も盗まれていたのだ!
「マジか......。財布よりデータが盗まれたことのほうがキツイよ......」
バックアップがあるものもあったが、これまで撮った特に珍しいイスラム圏での動画はほぼ全てなくなった。悔やんでも悔やみきれない大切な思い出と仕事道具を失くし、その夜は涙を流しながらキーボードを叩いた。
翌日、再び警察を訪れたがやはり言葉が通じず、誕生日会中である通訳の彼には悪いが、何度も電話をするハメに。それにしても警察の作業はゆっくりで、ポリスレポートも結局間に合わずに再び無駄な時間となってしまった。
そうこうしてるうちにフライトの時間。私は心身ともにボロボロのまま、次の目的地へと空港へ向かった。
【This week's BLUE】
未承認国家ナゴルノ・カラバフからの帰り道。不穏な空はこれから起こる事件を予言していたのだろうか...。
●旅人マリーシャ
平川真梨子。9月8日生まれ。東京出身。レースクイーンやダンサーなどの経験を経て、SサイズモデルとしてTVやwebなどで活動中。スカパーFOXテレビにてH.I.S.のCMに出演中! バックパックを背負う小さな世界旅行者。オフィシャルブログもチェック! http://ameblo.jp/marysha/ Twitter【marysha98】 instagram【marysha9898】