エルサレムの夜。ひとり歩きは不安だったので、私はイタリア人やドイツ人の宿友グループに混ざって出かけることにした。
石畳の道は赤青黄のカラフルな電飾に照らされ、想像よりもはるかに賑やかで、男たちがシーシャ(水たばこ)の煙をくゆらしている。一服やらんかねという誘いに手を振り、我々はユダヤ教徒の最大の聖地「嘆きの壁」へと向かった。
英語で「西の壁」と呼ばれるその壁は、エルサレム神殿の西側の遺構の一部。ユダヤ人はこの壁に額をつけ、神殿の荒廃を嘆き、涙を流してその回復を祈るのだという。
入口のセキュリティーチェックを越えると、ドキッ。そこにはイスラエルが軍事国家の顔を現わしていた。
昼間は太陽が降り注ぐ穏やかな観光地に見えたが、この夜の姿は違う。広場には銃を担いだ兵士たちが集結しており、深い緑色の軍服で埋め尽くされていた。
まるでこれから銃撃戦が始まるのではないかというほどの、すさまじい数の兵士と間近で見る銃の威圧感に、私は興奮とビビりが入り混じり、緊張感が高まった。
「私たちここ入っていいの? 撃たれない? 大丈夫?」
プロジェクターに流れる映像と大きな旗の前で、彼らは歌を大合唱。それが終わるとワラワラとその場から動きだし、私たちはあっという間に囲まれてしまった。
これが何の儀式であるのか気になるが、オロオロしてしまい彼らに話しかける余裕がない。余計な質問でもしたら撃たれるのではないか......(そんなワケない)。
不安な中、精一杯の勇気を振り絞ってこのリアルな光景をカメラに収めた。
後で聞くと、どうやらそれは兵士の宣誓式だったようだ。一定期間の訓練を終えた兵士たちが国家に忠誠や宣誓をするために集まっていたのだ。
兵士たちが去って行くと、まるで緑の幕が開いて舞台が始まるように、「嘆きの壁」が目の前に広がった。
壁の前は、男女に分けられたお祈りスペースになっていて、真ん中に仕切りが設けられている様子は日本の銭湯を思い出す。
私はもちろん女側に入っていくが、女性たちが普通の私服のような格好なのに、男性は黒いスーツと帽子の正装や、キッパという丸い小さな帽子を頭に乗せていたり、もみあげが長くクルクルしているユダヤ教独特のスタイルなのがどうしても気になる。
まるで女湯から男湯を覗くように、私が仕切り板の上から男性側をジロジロ見ていると、いけませんよとお叱りを受けた(同日、隣町テルアビブではLGBTのパレードが行なわれていたそうだが、そういう人たちはどうするのであろう?)。
お祈りする姿勢はそれぞれだったが、壁際に張り付いている人が多く、聖書に顔をうずめたり、身体を前後に揺らす人、壁を撫でたり、泣いている人もいた。
私はこれまでの日常で「嘆く」という行動を見たことも意識したこともなかったけれど、そこではまさに人々が嘆いていた。
壁の石の隙間には、願いごとが書かれているであろう小さく折り込んだ紙が無数に詰め込んであり、足元にもそれがたくさん落ちている。
なんだか、スペインの美味しいバルには足元に紙ナフキンが散らかっているという文化を思い出してしまったが、神聖な場所でそんなことを言ったらまた叱られてしまうだろうか。
雑念を振り払い、私も同じように壁に近寄り何かをお祈りしようと思ったけれど、荘厳そうな周りの様子を見ていたら「世界平和」を願うほかは思い付かなかった。
私はそっと冷たい石の壁を撫でると、壁に背を向けてはいけないという教えを守り、後ずさりしながら敷地から出た。初めての不思議な光景をずっと見ていたかったが、仲間の声に急かされ私は後ろ髪をひかれながら宿へと帰った。
世界の宗教の中でもユダヤ教に触れるのは初めてだったし、そこに兵士たちも集まっているという独特な夜を体験。
「私は今、イスラエルにいるんだな......」
私は女子ドミトリー10人部屋の二段ベッドの横の窓から、月を見つめ眠りについた。
ところが! ビクーーーッ!! オバケ!?
真夜中ふと目が覚めると、真っ暗な部屋の中、枕元に黒い影が立っている。私の方を向いて無言でジっと立ち尽くすその影は、シルエットから察するにスカーフを巻いている女性。
な、なんだ......人か。
暗闇で顏がわからないが、多分彼女は同室に泊まるイスラム教徒であり、お祈りをしていたのであろう。それにしても夜中にやられるとだいぶコワイぞ。
宗教は自由だけど、あまりのホラー体験に心臓がバクバクするので、夜中に、しかも人の枕元でやるのは勘弁してくれと思った。
そんなこともあり、翌朝は寝坊気味に起き紅茶を飲んでいると、聖地巡礼の旅をするキリスト教徒の台湾人ママ2人組に捕まった。
「エルサレムはユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地なんだけどね、3宗教は実は同じ神様を信じているのよ。ただし聖書の解釈でその概念が異なっていて、云々......」
彼女たちは私に祈ってあげるから目をつぶれと言い、これから言う言葉を復唱しろと私に命じた。ひとりが小さく「ダダダダダダダ......」と呟いている横で、私は英語で神への忠誠を祈らされた。
「さあ、これであなたはキリストの子供、つまり"神の子"になったわ。それでは問題です。あなたがするべき一番大事なことはなんだと思う?」
え? あ、目をつぶってる間に財布やカメラが盗まれないかが心配で集中できてなかったし、何だろう。
「えっとえっと、"信じる"こと......?」
「大正解! それが一番難しいのよ。神を信じること。信じなければ救われない。信じるものは救われるのよ。神を信じなさい」
偶然にも正解を出しその場を平和な空気でやり過ごしたが、短い時間にたくさんの宗教に触れすぎて私は何が何だか頭がいっぱいである。
奥深い宗教にまだまだ知識がついていかぬままであったが、せっかく"神の子"になったのだから信じてみよう。そう思うことにしたら、なんだかいろいろな不安が少し消えて、心が少し軽くなった気がしないでもない。
レッツビリーブ。この先の旅にご加護がありますように......。
【This week's BLUE】
鼓笛隊や歌と踊りで盛り上がっていたユダヤ教徒の子供たち
★旅人マリーシャの世界一周紀行:第200回「ありがとう200連載! 憧れの死海と"つり橋効果"で芽生えた友情」
●旅人マリーシャ
平川真梨子。9月8日生まれ。東京出身。レースクイーンやダンサーなどの経験を経て、SサイズモデルとしてTVやwebなどで活動中。スカパーFOXテレビにてH.I.S.のCMに出演中! バックパックを背負う小さな世界旅行者。オフィシャルブログもチェック! http://ameblo.jp/marysha/ Twitter【marysha98】 instagram【marysha9898】