「酒をやめて、もっと有意義に日々を過ごしたい!」
毎日そう願いつつも、土日は朝から酒を飲んでしまう20代会社員・ミウラが、漫画『セックス依存症になりました。』監修者であり、あらゆる依存症の治療に関わる精神保健福祉士・社会福祉士、斉藤章佳(あきよし)氏へ話を聞いた。
前編では、「お酒に代わる"リセットするための何か"が必要」というアドバイスを受けるも、イマイチ危機感が感じられないミウラに対し、「本当は酒をやめたくない」ことを指摘する斉藤氏。そして語られた「もっと酒を飲め」という言葉の真意とは――?
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斉藤 アルコール依存症と本人が認めない方には、お酒を飲む量を自分が決めたルールの中でコントロールできるかやってみてください、と伝えているんです。で、いずれできなくなるんですよ、依存症の人は。コントロール障害が依存症の症状のひとつなので。
そして、やっぱりコントロールできなかったから約束通り治療しないといけませんね、という話をします。周りが手を出さず、見守りながら自分でやめる必然性を認識させることが大事です。
──では僕も、自分が決めたルールの中で飲む量をコントロールできるかやってみます。
斉藤 そうですね、これから節度ある飲酒を長年したいのであれば、量を決めて飲み続けてみてください。だいたい日本酒換算で2合くらい、ビールだと350ml缶で3~4本くらいですかね。このくらいの飲酒量だと、65歳以上になった時の認知症の発症率が低くなります。毎日2合以上飲んでいる人は8年くらい発症が早いというデータがあります。
──では「量を決めて飲む」の次に、「毎日飲むのをやめる」という目標でもいいんですよね。2日にいっぺんとか、土日だけにするとか。
斉藤 例えば2合だけにするのか週末だけにするのか、ご自身でルールを決めて守れたら問題ないです。ただ、自分で決めたルールを自分で緩めて飲酒量がどんどん増えていくのであれば、これはコントロールできていないということです。
──僕はできなさそうですね。仕事が忙しくなったりすると、また多量に飲み始めてしまいそうです......!
斉藤 そうですかね。切迫した状態が伝わってこない感じも含めて、今は中途半端な状態だと思いますね。
──いえいえ、依存症手前だとしても、飲酒量を緩和したいとは思っているんです! 例えば、ひとりの時は一定の飲酒量を保てるのですが、大勢で飲むと、コミュニケーションのテンションを合わせようと多量に飲んでしまいブラックアウトすることもあります。その場しのぎ的でもいいですが、飲まない方法ってあるんでしょうか。
斉藤 それは本当に飲みたくないんですか?
──テンションを上げたいけれども、翌日ブラックアウトした時の怖さや、身体的不快感のほうが苦痛としてはまさっている、はずなんですが......実際はその場を楽しむことのほうが快楽としては強い、ということなのかもしれません。
斉藤 あとは、もし(飲み会で)対人緊張が強くてお酒を多量に飲むということでしたら、それは気をつけたほうがいいです。
──なぜですか?
斉藤 先ほど申し上げた通り「依存症とは学習された行動」ですので、習慣になっていきます。次第に耐性ができ飲む量が増えていきます。要は、「素面でも人生を楽しめる」と実感できることが依存症からの回復には重要なんです。不健康なものにハマらなくても楽しんで生きていけることが、依存症から回復する人のストーリーとしてはよく聞くエピソードです。そのひとつとして、冒頭に定期的な運動を提案しました。
──おすすめの運動は何ですか?
斉藤 すぐできるのはランニングですね。週1回でもいいと思います。私も週1で必ず時間を作っています。みんな時間がないとか言いますけど、2時間くらい作れない訳がないんですよ。それをやるだけで生活習慣が劇的に変わってきます。ヨガやダンスもいいかもしれません。
運動すると自分の身体に興味が出てきますよね。そして、続けるとタイムが上がってうれしかったり、達成感があります。マラソン大会に出てみたり、筋トレを始めたりと、より健康的な依存先が見つかる訳です。社会の中に依存先が増えるというのがポイントですね。お酒しか依存先がない場合は、お酒がなくなると崩壊しますから。
──依存先を増やす、ですか。それは、対人関係でもそうかもしれませんよね......。ところで、もっとお酒を飲んでみてコントロールできるか測るということですけど、これは性依存の場合はどう対処されるのですか?
斉藤 性依存の場合は、犯罪性のあるものについては被害者が存在しますから(もっとやってみてコントロールできるか測る、ということは)できないです。
──そうですよね。そのような、犯罪性はあるけれど本人がやめたくない場合は?
斉藤 本人がやめたくない人はそもそも(治療に)こないですね。依存症の患者さんは、初診時やめたいと思ってくる人はほとんどいないです。今まで慣れ親しんだ考え方や習慣を手放したくないのです。新しい習慣を取り入れることは辛いことです。そういう意味では、依存症の治療は、右手で持っていたお箸を左手で持つ訓練に似ていますね。
──軽くやめたいと思っていたけれども、本心からやめたくない場合は、その天秤が逆転するまで待つしかないと。お酒を極限まで飲んだり、本人がやめたくなる理由ができるまで待つしか......。
斉藤 そうでしょうね。ただ、その人が変わるための「4つの条件」はあります。まず1つ目は、変わる目的や理由が明確であること。2つ目は、主体的な覚悟。今までの自分と決別して今から変わろうという覚悟です。ダイエットでもそうですよね。今日から甘いものを食べるのをやめようとか、食事の量を減らそうとか。これは主体的な覚悟です。
3つ目は、目的や覚悟を持続させるために必要なスキルと仲間です。スキルは、リスクを回避したり、危ない状況に直面した際のコーピング・スキル(対処行動)です。仲間は、ひとりだと続かないので、一緒にやるための仲間です。
──やっぱりひとりじゃやめられないですよね。
斉藤 ひとりじゃ続かないですよね。(ひとりひとりにトレーナーがつく)ライザップがいい例です。さらに、ライザップで結果にコミットした後、その体型を維持するために本人がすべきことが、4つ目の条件であるメンテナンスです。これらの4つの原理・原則を守れば、自ずと習慣が変わります。ダイエットも断酒も同じ要素があります。
──そうなんですか。でもここまで言われても、まだ自信がないですね......
斉藤 ひとりだと自信も持ちづらいですが、これらを続けるためにも、一緒に「やめられない」問題と向き合う仲間が必要なのだと思います。
──「断酒会」もそのためにあるのですか。
斉藤 そうです。同じ問題意識を持った人が集まれば、継続率は高くなります。ひとりではなかなか続かないです。簡単ですよね、今聞くと。シンプルなんですよ、でもそれがすごく難しいんです。
──では、理由・目的を持って、主体的な覚悟が持てて、スキルと仲間が持てて、メンテナンスができれば、あらゆる依存症を治療できるということですよね。
斉藤 そうです。
──面白いですね、依存症治療とダイエットの手法が同じというのは。
斉藤 ちなみに、ダイエットのリバウンドと依存症の再発も似ています。ダイエットのリバウンドは、ずっと自分で決めたルールを無理してやっていて、反動で食べてしまうんです。
アルコール依存症でも、無理に我慢して断酒していると再発時に反動で飲む量が増えてしまう人がいます。無理してやめても続かないんです。気合と根性では続かないですから、どうやって楽しくやめていくかを考える必要があります。例えば、楽しく健康的な依存先を増やす、ということですかね。
──今の僕にとっての(楽しく健康的な)依存先はサウナですかね。2、3年前までは、ワイン1ボトルをひとりで一晩であけていたんですけれども、サウナに行くようになってから酒量が減ったんです。さらにそういう依存先を増やしていくということでしょうか。
斉藤 あとは、依存症の人に例えば酒をやめて失ったものを聞くと、「生きがい」という人が多いんです。ということは、別の生きがいを見つけないといけないんですよ。悲しいときは酒が慰めてくれて、うれしいときは一緒に喜び、苦楽を共にしてきた――その人にとっては生きがいなわけですよね。酒をやめるとは生きがいを失うことなので、それに代わる何かを見つけないといけない。
──アルコール依存を自覚していた中島らもさんも全く同じことを言ってましたね。酒をやめられない人は、それより大事なことがない。俺にはそれより大事なことがないって。
斉藤 中島らもさん、いいこと言ってますよね。依存症から回復するために重要なポイントは「自己受容」なんです。自分を受け入れる、"I am OK"ということです。らもさんは、『いいんだぜ』っていう歌を作ってましたよね。どういう状況でも、他人の評価とか承認欲求は関係なく、自分の今の状態を受け入れられるか、自分自身を抱きしめられるか、です。
──それは、酒をやめなくてもいいということですか。
斉藤 やめなくてもいい、とはちょっと違います。アルコール依存症の人は自分を否定しながら飲んでいるんです。こんな俺はダメだとか、また飲んじまったとか。自分を肯定しながら楽しく飲んでいる依存症の人はあまりいません。だって自分で酒の量をコントロールできずに、周りに繰り返し迷惑をかけますよね。これって自己否定や自暴自棄につながります。酒を飲んでいなくても"I am OK"の状態を作っていくことが大事です。
──未来はやめられていたとしても、今はやめられていない状態はOK、ということですよね。
斉藤 ミウラさんはOKだと思いますよ。自分を楽しく肯定しながら飲み続けてください(笑)!
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まさかの「飲み続けろ」というアドバイスから2週間――。不思議なもので、"I am OK"と今の自分を肯定してみると、強迫的に飲みたい気持ちがうすれ、昨日は飲まずに1日を終えることができた。
「断酒のためのテクニック」を探るより、しっかりと「酒をやめる目的」や「生きがい」を見つめ直す――。そんな本質的な回答は腑に落ちたし、週1のランニングは少なくとも行ないつつ、酒に代わる健康的な依存先を気長に増やしていこう――そんな気持ちになっている。
●斉藤章佳(さいとう・あきよし)
大森榎本クリニック精神保健福祉部長(精神保健福祉士/社会福祉士)
1979年生まれ。大卒後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、約20年に渡りアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなど様々なアディクション問題に携わる。その後、平成28年4月から現職。専門は加害者臨床。大学や小中学校では薬物乱用防止教育をはじめ、早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、その活動は幅広くマスコミでも度々取り上げられている。近著に「男が痴漢になる理由」「万引き依存症」(いずれもイースト・プレス)ほか