『本当はこわい排尿障害』著者、高橋知宏氏。東京・大田区に構える「高橋クリニック」には、全国から排尿障害に苦しむ新規患者が年間約1000人、治療に訪れるという 『本当はこわい排尿障害』著者、高橋知宏氏。東京・大田区に構える「高橋クリニック」には、全国から排尿障害に苦しむ新規患者が年間約1000人、治療に訪れるという

近年、尿漏れパットやデリケートゾーンの痒(かゆ)み止めなど、「シモのトラブル」に対する商品のテレビCMが多く見られる。

頻尿や尿漏れなど、排尿に関する症状は一般的に「排尿障害」と呼ばれ、それは陰部の痒みなどの皮膚疾患とは無関係のように思える。しかし、陰部の痒みだけでなく、胃痛、腰痛、下痢症、ドライアイ、はたまた幻臭症などまで、排尿障害が原因だとしたら......。

その独自の治療法を求め、年間約1000人の新規患者が訪れるという泌尿器科医の高橋知宏氏。高橋医師は、新刊『本当はこわい排尿障害』(集英社新書)で、排尿障害の驚くべき症例と治療経験を綴り、そのメカニズムを解説している。なぜ、排尿障害はそこまで多岐にわたる病気・症状を引き起こすのか? 高橋医師に聞いた――。

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――『本当はこわい排尿障害』を読んでドキッとしたのが、1日に6回以上オシッコをする人は排尿障害の疑いがある、と書かれていたことです。まさに自分も1日10回くらいオシッコをするし、夜間も必ず1度は起きてトイレに行きます。

高橋 それは排尿障害かもしれません。排尿障害は中高年の人に多く、日本で排尿障害の悩みを抱えている40歳以上の人は男女あわせて少なくとも800万人以上というデータもありますが、私は人口の10%以上、つまり1200万人以上はいるのではないかとみています。

――そんなに! なぜ、それほど多くの人が排尿障害になるのでしょう?

高橋 一般的に排尿障害は加齢や、男性の場合は前立腺肥大症が主な原因であると言われていますが、そうではなく、「膀胱の出口が十分に開かない」ことが主な原因だと、私はこれまでの治療経験から考えています。なぜ膀胱の出口が十分に開かなくなるのか? そのメカニズムは本書で詳述していますが、膀胱の構造をご理解いただければイメージしやすいかと思います。

もともと人間は身体構造上、排尿障害になりやすい動物なのです。それは膀胱の構造そのものに原因があり、直腸の構造と比較するとわかりやすいと思います。膀胱と直腸は一卵性双生児みたいなもので、胎児のときに「総排泄腔」という袋がふたつに分離し、前(お腹側)が膀胱に、後ろ(背中側)が直腸になります。

直腸の出口のところでは、内側の括約筋と外側の括約筋が同じ平面上に並んでいます。内側の括約筋は自分の意思では動かせない不随意筋ですが、外側のそれは随意筋です。そのため、外側の括約筋に力を入れて腹圧をかければ便は出るんです。

一方、膀胱の場合、ふたつの括約筋は平面上ではなく、上下に離れています。上には「内尿道括約筋」という不随意筋が膀胱の出口のところにあり、下には「外尿道括約筋」という随意筋が尿道を囲む形であります。

このふたつの括約筋を支配する神経系統は異なります。それが微妙なバランスで共同して働いているわけですが、加齢や、もともとの体質など、なんらかの原因でそれがうまくいかなくなると、いくら下の括約筋が頑張ったところで、上の括約筋が連動せず、膀胱の出口が十分に開かなくなる。

それでも膀胱は溜まった尿を無理に排出しようとするので、出口に負担がかかることによって、膀胱内部の筋肉が変形したり、前立腺が肥大したり、尿道が狭くなったりする。そして、頻尿や尿漏れなどを起こす。これが排尿障害です。

――しかし、男性の場合は主に、前立腺肥大により排尿障害になると言われていますが。

高橋 一般的にはそうですが、これまで数多くの患者さんを治療してきた経験から言うと、私は逆の考え方なんです。今言ったように、膀胱の出口が十分に開かなくなっている状態でも、膀胱は尿を出そうとする。その圧力で前立腺にも負担がかかり、だんだん肥大していくのです。そして、前立腺が大きくなれば、ますます膀胱の出口は開かなくなります。

それなのに、従来の常識から多くの医師は膀胱の出口を見ようとせず、前立腺だけを見て、前立腺に問題がなければ排尿障害は「気のせいだ」などと診断してしまうことも多い。しかし、患者さんには実際に排尿障害の「症状」があって、苦しんでいるわけです。私のクリニックにはそういう方が多く駆け込んできます。

治療は服薬のほか、手術をすることもある。尿道口から細いパイプ状のカメラ付き内視鏡を挿入し、電気メスで膀胱の出口を切ったり削ったりして開きやすくする。日帰り可能で、局部麻酔使用により痛みもほとんどないという 治療は服薬のほか、手術をすることもある。尿道口から細いパイプ状のカメラ付き内視鏡を挿入し、電気メスで膀胱の出口を切ったり削ったりして開きやすくする。日帰り可能で、局部麻酔使用により痛みもほとんどないという

――陰部の痒みからドライアイまで、排尿障害に起因する症例が多数、紹介されています。それらは一見、排尿とは関係なさそうに思えますが、どのようなメカニズムで?

高橋 人間の身体では、各臓器からの情報が電気信号として脊髄神経を通って脳に伝わっています。排尿障害になると、膀胱などから発信される情報量が膨大になる。それが脳の情報処理を誤らせ、身体のあちこちに痒みや痛みなどの症状が出てくるのです。

上のほうにある臓器は脳までの距離が短いため、他の部位に現れる症状は限定的です。たとえば胃潰瘍の場合、背中が痛いという症状が出るというように影響範囲は狭い。しかし、膀胱は脊髄神経の最下部にあるため、全身に影響が出る可能性が高いのです。

――なるほど。膀胱からの情報が増えすぎて混乱すると、脳までの通り道が長いぶん、多くの部分に影響が出るわけですね。しかし、ドライアイまで排尿障害が原因だったという症例には驚きました。

高橋 その患者さんは水分を摂り過ぎて、多汗症になっていました。膀胱に負担がかからないように、発汗が促進されていたためです。多汗症になると、皮膚は保湿の必要がないと判断して、乾燥肌にもなる。目は皮膚と同じ「外胚葉系」という組織でできています。そのため、皮膚と連動してドライアイになるのです。

――そうなんですか。普通、水分を十分摂らないと乾燥肌やドライアイになると考えがちですが。

高橋 それが逆なんですね。肌のきれいな人は水分を多量に摂らず、ダラダラと汗をかかない。肌が体内の水分を適度に取り込み、保湿されているからです。水分を摂れば摂るほど、「水中毒」の状態になり、皮膚も目も乾いていくのです。

――では、「幻臭症」の場合は、どんなメカニズムで?

高橋 この患者さんは男子高校生で、頻尿と尿漏れの症状がありましたが、私のクリニックに来たときにはかなり改善されていた状態でした。しかし一日中、「自分がオシッコ臭い」と感じてしまう幻臭症に苦しんでいました。私は膀胱と前立腺のエコー検査をしました。その結果、膀胱の出口の筋肉が本来と逆方向に発達し、硬質化していることがわかりました。

先ほど述べたように、膀胱から発信された情報は脊髄神経を通って脳に届きます。排尿障害のせいで情報があまりにも多くなったため、脳が混乱して、本来は尿意中枢へ伝えるはずの情報を嗅覚中枢へと伝えてしまったのではないか。そのせいで、幻臭症を引き起こしたのだろうと思われました。

そこで私は、治療薬を処方したほか、1日に飲む水分を1リットルに制限して様子を見ることにしました。すると1ヵ月後、幻臭症は半減し、頻尿と尿漏れの再発もない、という連絡がありました。その後、幻臭症も完全に消えたそうです。

――水分の摂り過ぎが排尿障害の原因なんですか?

高橋 大きな原因のひとつであることは間違いありません。いっときテレビの情報番組なんかで、「1日に2、3リットルの水を飲みなさい」などと言っていた医師がいましたが、「水分を大量に摂る=健康に良い」は誤解です。例えば、脳梗塞の予防のために水分をたくさん摂りましょうと言われますが、身体は、血液が水分で薄まったら困ると判断して、血液から水分を出して血液を濃くしようとする。水分の摂り過ぎは逆効果なのです。現代人の多くは水分の摂り過ぎで、飲みすぎるから喉が渇く。喉が渇くからまた飲む......という悪循環に陥っているんです。

――水分の摂りすぎによる排尿障害には、下痢症や、オナラが多く出るなんて症状も?

高橋 それもあります。水分を摂り過ぎると、身体は膀胱に負担をかけたくないから、汗を多く出すようにしたり、腸管が水分を吸収しないようにしたりする。腸管が水分を吸収しないと便が緩くなる。便が緩くなると細菌が発酵しやすくなるから、オナラが多くなるのです。

――口内炎や吹き出物なども排尿障害が原因の場合もあるとか。

高橋 そうですね。吹き出物を作り、それが化膿して膿を出すことにより、過剰な水分を排出している。同じ理由で、排尿障害は花粉症や慢性鼻炎、蓄膿症などの症状も起こしやすいのです。排尿障害に悩んでいる人は、1日の水分摂取量を1~1.5リットルを目安にコントロールしていただければと思います。水分を一気に減らすのは辛いでしょうから、飲む回数は同じでいいので、必ず半分ずつ残すとか。このようにしてだんだん減らしていけば、喉が渇かなくなっていきます。

――今日お話をうかがって、膀胱というひとつの臓器のトラブルがさまざまな症状を引き起こす理由がよくわかりました。

高橋 ひとつの病気・症状の原因は、ひとつの臓器や部位にある、というわけではないのです。湖面に石を投げたら波紋が広がっていくのと同じように、各臓器は影響し合っているのです。この膀胱という繊細な臓器のことを知り、労っていただければ、泌尿器科医としては幸いです。

●高橋知宏(たかはし・ともひろ)
1952年、東京都出身。日本泌尿器科学会専門医。東京慈恵会医科大学卒業後、大学病院や市民病院、救急病院などを経て、1990年に東京・大田区に高橋クリニックを開設。その独自の治療法の求め、全国から年間約1000人の新規患者が訪れる

■『本当はこわい排尿障害』 集英社新書 800円+税