《ほかの人はどんなパンティをはいているのだろう?と自然と気になってきたのです。》
『パンティオロジー』(集英社インターナショナル)の冒頭で、著者の秋山あい氏は執筆の動機をそう書いている。本書で秋山氏は、33名の女性を取材し、彼女たちが愛用するパンティを合計99点の繊細なイラストに書き起こし、それぞれのこだわりやエピソードを添えている。パンティという、パーソナルかつ性に直結したアイテムの情報を蒐集(しゅうしゅう)・考察した一冊だが、期せずして男性読者の間でも話題となっているという。女性にとっても、男性にとっても好奇心をそそられる、奥深きパンティの世界を秋山氏が語る──。
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──本書を拝見した率直な感想は、「パンティって、こんなに多種多様なのか」というものでした。
秋山 この約半世紀のパンティの進化は素材・デザイン・機能のすべての面で目覚ましいものがあると思います。化学繊維・ナイロンが発明されたのは1938年ですが、現在では主な素材のひとつといっていいですよね。また1980年代以降、アウターのスカートやパンタロンでボディコンシャスなデザインが流行ると、パンティラインが目立たないTバックが一般にも普及しました。
そうやって進化・多様化を続けてきたパンティですが、なかでも特に大きなターニングポイントとなったのが1960年代後半でした。当時は、サイケデリックカルチャーなど若者たちを中心に「自由」を強く求める風潮が顕著でした。私は現在、フランスと日本を行き来していますが、そういった自由を求める風潮は政治の世界にも及び、パリの大学生たちが「五月革命」を闘ったのも1968年です。
この時代に、パンティも女性の自由と平等を求める形で一気に多様化したのだと思います。それ以前は画一的なデザイン、いわゆるズロースをほとんどの女性がはいていたのではないでしょうか。
──色についても、現在では黒のパンティは一般的ですが、お話にあった"パンティの自由化"以前は、黒の下着は「娼婦のもの」というイメージが根強かったとも言われています。
秋山 そうかもしれませんね。私は日本のバブル経済期に高校時代を過ごしましたが、その当時は黒の下着はほとんど見たことがなかった。日本で黒の下着が一般女性に普及していったのはバブル崩壊後かもしれません。これから調べるには興味深いテーマかもしれません。
──本書は、33名の女性の年齢や職業、国籍、パートナーの有無といったパーソナルデータを詳細に記すことによって、それぞれのパンティが辿(たど)ってきたストーリーがリアリティをもって浮かび上がってきます。また、女性たちはそれぞれ3枚のパンティを「セクシー」「リラックス」「お気に入り」というカテゴリーに分けて紹介していますが、人によっては「リラックス」のほうが「セクシー」よりも刺激的なデザインだったりするのが興味深いところでした。
秋山 今回の『パンティオロジー』という書籍につながったパンティ情報の蒐集・考察は現在も続けていて、その取材を通じて、改めてパンティが極めてパーソナルなアイテムであることを痛感しています。それは、どれが「セクシー」で、どれが「お気に入り」か、というカテゴリー分けにもはっきりと表れています。
昨日もダンサーの女性に取材しましたが、彼女は「どれをお気に入りにしようか?」でとても悩んでいました。デザイン的に自分の感性にマッチしていて、大切にしていきたいと考えているパンティはあるけれど、それが本当のお気に入りかというところで悩んでいたのです。結局、彼女はダンサーという自分の仕事にとって機能面で欠かすことのできない"相棒"であり、「これが生産中止になったら生きていけない」と思うほどの1枚を選びました。無印良品の定番商品です。
彼女の場合は、自分の仕事や生活にとっての重要度という基準で「お気に入り」を選んだわけですが、これとは逆に「お気に入りだから、滅多なことでは身に着けない」という1枚を選んだ女性も少なくありません。つまり、使用頻度の高いパンティが必ずしも「お気に入り」ではないのです。そして、この3アイテムをどう選ぶかで、取材対象のライフスタイルや価値観が表れるのだというのも『パンティオロジー』の取材を通じて改めて気づいたことですね。
──そうやって個々人のライフスタイルが透けて見える点こそ、本書が男性読者をも惹(ひ)きつける要因なのでしょうね。本書には女性たちの言葉として、《「ヨレパン」とは時間をかけて大事に育てるもの》《新しい下着は綺麗な状態で脱がしてもらいたくなる》といった刺激的なタイトルが並びますが、個人的には《脱いだとき床に落ちていても可愛いと思いたい》に強く共感しました。一夜を共にして翌朝、彼女よりも先に目覚めて、脱ぎ捨てられて丸まったパンティを見て悲しい気分になることは男性ならば一度や二度は経験があるかもしれません。
秋山 でも、それはパンティのせいではなくて、身につけていた人や脱がせた人にもよりますし、シチュエーションにも原因があったのかもしれません。ちなみに、この女性はとてもオシャレな方で、床に落としたパンティの形状もそれを反映してきちんとしているのかもしれません。彼女は、下着は《上下揃えて買うことが多い》《母から「いつも綺麗なものをはいておけ」と言われて育った》とコメントしています。
──父親とブリーフについて会話したことなど一度もありません!
秋山 まさに、そこが女性と男性の違いかもしれません。女性は、程度の違いはあっても、少なくとも下着については母親の影響下で成長することが多いかもしれません。特に上下揃いの下着を好む女性は、母親もそうしているから、というケースが多いですね。
──女性の服装や髪型については、会ったときに「ひとこと褒めてあげよう」みたいなことが恋愛マニュアル本などで推奨されています。しかし、下着姿の女性を前にすると、多くの男性は褒める余裕など失って、とにかく脱がすことを急いでしまいがちになるかも。
秋山 "勝負下着"という言葉もあるように、女性はそれぞれの思いを込めて下着を選んでいるわけですから、そのお相手としては、何かひとこと言ってあげたら、とても喜ばれると思いますよ。
──本書には、カップルでパンティを買いに行ったり、男性が女性にパンティをプレゼントする話も出てきます。日本の男性にとっては難しい行為かと思いますが、何かコツはありますか?
秋山 女性にパンティをプレゼントすると自分の性的な嗜好がバレるようで恥ずかしい......ということを言う男性はいらっしゃいます。そのため、プレゼントというのは本来、贈る人の気持ちが込められているべきなのに、結果的に無個性で無難なものになりがち......。そういう場合は、自分好みの1枚ではなく、少し違うものも選んで2枚以上をプレゼントするといいと思います。
知人の50代男性で、海外出張のときに会社の女性たちへのお土産にパンティを買ったという人がいます。10枚買ってきて、女性たちに選んでもらって、喜ばれたと言っていました。自分の趣味を押しつけるわけではないので、スマートなやり方だと思います。もちろん、相手との関係性にもよるとは思いますが......。
──最後に、本書のために5年の歳月を費やし、さらに現在も進行中のパンティ取材を通じて秋山さんが感じた最大の驚きはなんですか?
秋山 なんといっても、それぞれのパンティにまつわる女性たちの記憶ですね。それを買ったときのこと、はじめて自分のパートナーに見てもらったときのことを驚くほどはっきり憶えているんです。『パンティオロジー』はフェミニズム的な研究と見られることも多いのですが、本書のエピソードからは「男性が知らない女性の素顔」が見えてくるだけでなく、パートナーたちの反応や言葉から「女性の知らない男性の内面」も見えてくると思っています。
●秋山あい
アーティスト。1973年、東京都生まれ。1993年渡仏。仏ボルドー市立エコール・デ・ボザール卒業。パリと東京を拠点に創作活動と作品発表を行なう。「考現学的視点」で暮らしや風俗を観察し、今を生きる人々の物語を、鉛筆や水彩のドローイングで描き出す。パリの裏窓から見える風景や、山手線の車窓から見た風景を切り取った作品、生活雑貨や建物、人物を描いた作品などがある
■『パンティオロジー』
集英社インターナショナル 本体2200円+税