『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、アニメ『ボージャック・ホースマンについて語る。
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Netflixオリジナルアニメ『ボージャック・ホースマン』が、シーズン6をもって完結しました。今、私は大きな喪失感を抱いています。
『ボージャック...』は、日本ではあまり知られていないようですが、あの『ストレンジャー・シングス』や『ブラック・ミラー』と並ぶヒット作で、2010年代を代表するNetflix作品とも言われています。
タイトルからもわかるとおり、主人公はボージャックという馬。ほかにも猫や犬といった動物が登場するんですが、彼らは人間と同じように話し、二足歩行で生活しているという設定です。実在する人物も本人役で出てくる独特な世界です。
ボージャックは、1990年代にシットコム(シチュエーションコメディ)に出演して人気者になったものの、その後はヒット作に恵まれず、豪邸でアルコールに溺れながら生活しています。
シーズン1の前半は、ニヒルなジョークや下ネタにクスッと笑うようなブラックコメディです。『シンプソンズ』や『サウスパーク』『ファミリー・ガイ』のようなアメリカの大人向けアニメの王道路線といえます。
しかし、6話くらいから徐々に異なる様相を呈してきます。シニカルなセリフの隙間から、ボージャックたちの"変わりたくても変われない"という悲痛な心の叫びが聞こえてきて、胸が痛くなります。見ていて特につらいのは、シットコム時代の共演者の女のコとの関係です。
かつてボージャックの義理の娘を演じていた彼女は、今は汚れ仕事もするポップスターになっているんですが、実生活では薬物漬けです。彼女とボージャックの成り行きには、絶望を感じます。さらに、鬱(うつ)病や不安症、LGBT運動など現実社会とリンクしたテーマが取り入れられています。
日本にも鬱アニメとか鬱展開と呼ばれる類いのものがありますが、それとはちょっと違って、あくまで"変わりたくても変われない"登場人物たちの生き方に心をえぐられるんです。
6話までとは違う、ものすごく深くて繊細な心理描写には意表を突かれます。プロデューサーによると、視聴者をちょっとずつ重いテーマに引き込むためだったとか、作品が徐々に進化していったということですが、その時々で発言の内容が変わるので、真相はよくわかりません。
演出面も新鮮ですごく面白いです。編集が巧みだし、独特なアングルがあったり、意外な3Dの使い方をしていたり。ほぼ会話がない回や、斬新なドラッグの描き方をしているシーンもあります。
絵柄もシンプルに見えてすごくディテールにこだわっています。部屋ひとつとっても、ゴミの種類や並んでいる本のタイトルだけで、キャラクターの人となりがわかるようになっています。
オリジナルの声優陣も豪華なんですが、日本語の吹き替えもすごくクオリティが高いと評判です。6話まではすごくくだらない内容だと思うかもしれませんが、とにかく、我慢して後半まで見てください。そして最後まで見て、また1話に戻ったら、ちょっと見え方が変わっているかもしれません。
●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。アメリカ人と日本人のハーフで、4歳から14歳までアメリカで育つ。現在、モデルとして活動するほか、J-WAVE『TRUME TIME AND TIDE』(毎週土曜21時~)にレギュラー出演中。市川紗椰初の鉄道本『鉄道について話した。』好評発売中! 馬の骨や皮は「にかわ」の材料にされていたが、ボージャックの行く病院の名前が、アメリカ最大の接着剤製造会社「エルマー」になっているというブラックユーモアも