スモーキーカラーが特徴のトロナ鉄道の車両です
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、アメリカのトロナという街について語る。

* * *

以前、車で米カリフォルニア州のデスバレーからロサンゼルスへ向かっていたとき、不思議な街を見つけました。それは、デスバレーの南端にあるトロナという街。カリフォルニアをドライブするとゴールドラッシュの名残のゴーストタウンに遭遇することは珍しくなく、最初はトロナもそうかと思いました。

しかし、よく見たら人がちらほらいて、どうやら街として機能している様子。1920~30年代式の古い建物や、おそらく50年代の看板がかかっている街に人がいる様子は、まるで映画のセットの中をエキストラが歩いているようでした。

街の奥のほうには、迷路のようにパイプが走る工場群があり、ディストピアSFのような風情を醸し出しています。この工場は「サールズバレーミネラルズ」という会社の持ち物です。

トロナはアメリカでは珍しくない"カンパニータウン"と呼ばれる街のひとつで、すべての住宅や店舗、学校、教会などをこのサールズが所有しています。今も2000人くらいの住民が住んでいるようですが、ほとんどがこの会社の社員とその家族です。

かつては給料も「スクリプト」という独自通貨で支給されていました。このスクリプトは通貨と商品券の間のようなもので、街の中ではドルの代わりに使われていました。

砂漠の中にある街なので、夏は気温が50℃近くまで上がり、冬は砂嵐に見舞われます。年間の降雨量は80㎜ほどしかなく、土の塩分濃度も高いので芝生が生えず、全部バンカーのようなゴルフ場や、アメリカで唯一の土のアメフト競技場もありました。

しかし、こんなシビアな環境にあっても街の人々のトロナ愛は強いようで、「End of World 10miles'Trona 15miles(世界の果てまで10マイル、トロナまで15マイル)」という自虐的なメッセージの書かれた看板が印象的でした。

アメリカに育ちながら、私はこんな街があることを知りませんでしたが、トロナという地名には聞き覚えがありました。なぜかというと、ボールドウィン社のレアなディーゼル機関車が、ここにあるトロナ鉄道を走っていたからです。

今はもう引退してしまいましたが、ガンメタル(紫がかった暗い灰色)と赤色のごっついフォルムと、性能の高さからアメリカのレールファンに注目されていました。

トロナ鉄道は、1913年に開業された約49㎞の路線です。日本では特筆するほど短くはありませんが、アメリカではとても短い部類です。車両は旅客ではなく、すべて貨物列車。主に鉱物を運ぶためのもので、硫酸やソーダ灰、石炭などのほかに、軍需物資も運んでいるそうです。

広大な砂漠を、7つの機関車が牽引(けんいん)する30~40両の巨大な車両たちが走る姿は圧巻です。カラーリングもすてきで、銀、赤茶、白、ベージュなどのスモーキーカラーが無機質な工場群に映えます。アメリカの鉄道マニアもよくこの街を訪れるようです。

現代っぽさが皆無な「取り残された街」で、ロサンゼルスから5、6時間もかかる辺ぴな場所ですが、住民の愛はすごく感じられました。貨物が好きな方はいつか機会があれば訪れてほしいです。

●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。アメリカ人と日本人のハーフで、4歳から14歳までアメリカで育つ。現在、モデルとして活動するほか、J-WAVE『TRUME TIME AND TIDE』(毎週土曜21時~)にレギュラー出演中。市川紗椰初の鉄道本『鉄道について話した。』好評発売中! かつて、トロナ鉄道には「マグネシウムモノレール」というイカした名前のモノレールがあった。公式Instagram【@sayaichikawa.official】

『市川紗椰のライクの森』は毎週金曜日更新!