『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は散歩好きの彼女が、六本木周辺のレトロ空間について語る。
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六本木周辺は起伏の激しい場所ですが、元麻布2丁目に大地をえぐったような深い谷状の地形があります。こうした地形は「谷戸(やと)」といって、東日本ではよく見られるものです。六本木周辺の谷戸はいくつかありますが、そのひとつに、東京随一の不思議空間があります。
本光寺というお寺の脇の細い道を下りた所に、坂に囲まれた、周囲から隔絶された異世界のような一角が現れます。狭い土地に30~40軒ほどの古い木造家屋がギュウギュウに肩を寄せるように立っていて、まるで映画のセットのような"THE下町"風情。平屋の外に並べられた植木鉢や、2階の窓に取りつけられた物干し台など、懐かしい光景に胸の奥が温かくなりました。
昭和の雰囲気を色濃く残すこの集落を谷戸の上から見ると、ジオラマを前にしているような気分になります。都会に突如として出現する、違和感の美。お気に入りスポットです。
麻布といえば、大使館やお屋敷、高級マンション、インターナショナルスクールなどがある一等地。盛んに再開発が行なわれたこの土地に、なぜこんな集落が残っているんだろう、と疑問に思いますよね。
調べてみると、この辺りはお寺が土地を所有しており、買い上げることができなかったそうです。不動産屋さんのホームページを見ると、「港区なのにレトロな平屋」といったキャッチフレーズと共に貸し出されていました。
この元麻布2丁目の谷戸にあるもうひとつのポイントが、「がま池」です。地形好きにはおなじみの場所で、かつては200坪ほどもある大きな池だったとのこと。昔からこの辺りに住んでいた人に話を聞くと、かつてはこの池の周りでクワガタも捕まえられたり、子供の遊び場だったりしたそうです。
しかし、今は大部分が埋め立てられて、マンションの敷地内に位置しているため、少し離れた所から一部を覗(のぞ)くことができるのみです。私の中では"伝説の池"になっています。
麻布の狭い窪地(くぼち)に昭和の街並みが突然現れるという、歴史的にも地形的にも貴重な場所。ここを教えてくれたのは、「東京スリバチ学会」の皆川典久会長です。
皆川会長は、すり鉢状の地形を研究している方で、著書も多く『タモリ倶楽部』の「タモ江地形クラブ」の公式ライバルとしてもおなじみです。数年前、その皆川会長とお散歩する企画があり、「"凸凹散歩"をするなら面白い地形だよ」と言われました。
しかし、その後、自分だけでそこに行ってみようと思ったらなかなか見つからず......。がま池を目指せばすぐにたどり着けたはずですが、ウロウロしてれば行けるだろうと思っていたので、そのうち「あんな所が本当に東京にあったの?」と夢の中の幻想だったような気がしてきました(笑)。それだけに、やっと見つけたときは感動しました。
長屋の屋根越しに見える六本木ヒルズなどのビル群もすてきです。東京という土地の奥深さを感じられる場所なので、自由に散歩が楽しめる状況になったら、ぜひ足を運んでみてほしいです。
●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。アメリカ人と日本人のハーフで、4歳から14歳までアメリカで育つ。モデルとして活動するほか、テレビ・ラジオなどにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。坂の上のインターに通っていた友達と、この一角の東側にある児童公園でよく遊んでいた。公式Instagram【@sayaichikawa.official】