無数のジャケ写を比べるのも楽しい『ピーターと狼』。鋭い目をした着ぐるみたちが、訳ありげにたたずむポール・ホーガンのナレーション版がお気に入り

『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は『ピーターと狼』について語る。

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ミハエル・ゴルバチョフ、デヴィッド・ボウイ、明石家さんまさんに共通点があると聞いたら、何を想像しますか? 一生交わらなさそうな3人ですが、実は同じ楽曲でナレーションを担当しています。

それは、『ピーターと狼』。音楽の授業で習った人もそうでない人も、曲そのものは満場一致で耳にしたことがあるはずです。ソフトバンクのCM「白戸家」シリーズや多くの映画で使われ、ディズニーの短編アニメーションでもおなじみの曲です。

この『ピーターと狼』は、ロシア人作曲家セルゲイ・プロコフィエフが、1936年に子供のためのクラシック音楽の入門教材として書いたもの。小編成のオーケストラにナレーションをつけた、"聴く絵本"のような作品です。

登場人物にはフルート(小鳥)、オーボエ(アヒル)、クラリネット(猫)など担当楽器が割り当てられていて、彼らの活躍に合わせて固有のテーマ(旋律)が流れる構成になっています。

悪役の狼は3本のフレンチホルンで表現されているんですが、あまりの恐ろしさに今でもこのテーマを聴くと背後を確かめたくなります。楽器や合奏の知識はついたけど、怖かったな......。

そんなトラウマと教養を与えてくれたこの曲は、世界中で数え切れないほどのバージョンが作られています。日本ではさんまさんのほかに坂本九さんや黒柳徹子さん、津川雅彦さんら、多くの方がナレーションを担当。

英語圏でも幅広く、ショーン・コネリーやシャロン・ストーン、アントニオ・バンデラスまで、一度も担当していない役者を見つけるのが難しいくらいです。

特に異彩を放つバージョンのひとつは、93年にスティングが担当したもの。人間の役者と人形が共存する設定の人形劇として制作された作品なんですが、なぜかプロコフィエフ本人とマルクス兄弟の人形が狩人役として登場します。シメにはパペット版スティングまで出てきて、ファンタジーとカオスが混在する55分(DVD)です。

同じくロックアーティストがナレーターを務めたものとしては、2015年のアリス・クーパー版も。これは『ピーターと狼』の物語の前日譚(たん)を描いたアニメで、ピーターがLAに住むヒッピーの祖父の家に遊びに行くというストーリー。

困惑する設定ですが、ライブ中に鶏の首を切る全盛期のアリス・クーパーの奇行を思えば、無難にまとまっているといえるかもしれません。音楽はワーグナーやプッチーニの交響曲を加え、ジャズの要素も取り入れており、素直にカッコいいです。

最近知ってびっくりしたのが、03年に発売されたロシア・ナショナル管弦楽団の演奏による、ビル・クリントンとゴルバチョフのナレーション版。かつて敵対した国のリーダーが共演することは大変意義深く素晴らしいことですが、ふたりでナレーション!? なんだか笑ってしまいます。翌年、この作品はグラミー賞も獲得しました。ゴルバチョフがグラミー賞......。ははっ。

私が小さい頃に聴いていたナレーションは上品で温かい声でした。後にそれがデヴィッド・ボウイの声だと知ったときは衝撃を受けました。『ジギー・スターダスト』を聴いて妙に落ち着く理由は、ここにあるのかもしれません。

●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。アメリカ人と日本人のハーフで、4歳から14歳までアメリカで育つ。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。日本語版はあまり作られなくなったが、バービーボーイズのKONTAさんが、ナレーションとクラリネットを担当するバージョンが聴きたい。公式Instagram【@sayaichikawa.official】

『市川紗椰のライクの森』は毎週金曜日更新!