今年6月に沖縄のステーキチェーンが東京に進出し、ステーキ1000円という格安路線が支持されて一躍行列ができる人気店となった。いったいどのようなカラクリで安く販売できるのか。今後、ステーキは誰もが手軽に食べられるファストフード化が進むのか? 現在のステーキ事情を探った。
■ご飯もサラダも盛り放題
7月下旬の平日の午後。東京・吉祥寺にある「やっぱりステーキ」を訪れた。
入り口にある食券の販売機に1000円札を投入すると「赤身ステーキ200g」のボタンに赤いランプがともり、ボタンを押す。店員に案内されて中へ入ると、10名ほどの客がいた。
6月のオープン直後ほどのにぎわいこそないが、平日のお昼休みが終わった時間帯でこの人数はなかなかの人気だ。
ステーキが焼き上がる前にバーコーナーへ行き、サラダ(キャベツの千切り、マカロニサラダの2種類)、スープ(1種類)、ご飯を食べたい分だけ皿やカップに取り分ける。ここにあるものはすべておかわり自由。400gのボリューミーな肉を食べるのだろうか、尋常じゃない量のご飯を皿に盛りつける猛者もいる。
しばらくするとステーキがやって来た。早速ナイフを入れてみると、そのやわらかさにビックリ。テーブルに用意された14のソース、スパイスのなかから一番のオススメであろう、やっぱりオリジナルオニオンソースをかけて味わった。
やわらかい赤身肉のステーキが200gでたったの1000円。しかも、ライスやサラダが食べ放題なので満腹確定。なぜこんな低価格で出せるのだろうか? フードサービスジャーナリストの千葉哲幸さんに話を伺った。
「『やっぱりステーキ』は1000円でステーキを提供するために、あらゆる面で工夫をしています。まずはバーコーナー。ここにサラダ、スープ、ご飯、水を置き、ステーキ以外のものをセルフサービスにすることで、スタッフの人件費を削減しています。
また、決められた量にカットされた肉を店に配送するシステムを採用することで、店で行なう作業を大幅に減らしています。さらに焼き加減も、保温性のよい溶岩を使ったプレートでお客さんに調整してもらうので、調理場で焼き加減の調整をしなくていい。
このように徹底して人に関わる店側のサービスを削っているので、30席ぐらいあるお店が満席でも少人数で回すことができる。これがステーキを安く提供できる一番の理由だと思います」
千葉氏はこの安さにはさらに秘密があると分析する。
「ステーキに使われているミスジという部位。ここに目をつけたのが大きいですね。ミスジは何よりほかの部位よりもやわらかい。これまで『ステーキは硬い』といったイメージに対して圧倒的に差別化しています」
今後、東京をはじめ、関東各地でも店舗が増えていきそうな勢いだが、外食産業大手も黙ってはいない。
「牛めしの『松屋』を展開する松屋フーズが『ステーキ屋 松』という名前でステーキ店の展開を始めました。現在都内に3店舗あるのですが、店に行くとシステムが『やっぱり』にそっくり。使っている肉もミスジ肉。大手が模倣するほど『やっぱり』のシステムは確立されているのでしょう」(前出・千葉氏)
今後も似たようなシステムのチェーンが増え、ステーキ業界で熱い戦いが繰り広げられそうだ。
■拡大路線が裏目の「いきなり!ステーキ」
一方、既存のステーキチェーンの現状はどうか。一番気になるのは「いきなり!ステーキ」の現況だ。2013年に1号店がオープン。そこから5年足らずで全国47都道府県に350以上の店舗を持つ巨大チェーンとなったが、最近は元気がない。千葉氏は「いきなり」の失速の原因をこう話す。
「店舗拡大のペースが速すぎたのが大きな原因ではないかと思います。この業界では、模倣する店が出てくる前に一気に全国に拡大して、覇権を握るという手法で業績を伸ばした企業がたくさんあります。
それに倣って店舗を増やしたのでしょうが、ちょっとペースが速かったかなと。急ぎすぎると店舗のスタッフを育てる時間がなくなり、サービスレベルが下がることは必然的です。また、店舗の拡大を優先させると、多少立地条件が悪い所でも『出店しよう!』ということになる」
今後の巻き返しはあるのだろうか?
「『いきなり!ステーキ』を展開しているペッパーフードサービスは、客のお好みのステーキの量を目の前でカットするというユニークなアイデアを考え出した企業ですから、新業態の開発も考えられます」
今後「いきなり!ステーキ」から、業界の常識を変える新たな売り方が誕生するかもしれない。
■ステーキチェーンはサラダバーが魅力
ほかにも「ステーキのあさくま」「ステーキガスト」「ブロンコビリー」「ステーキ宮」などなど、国内にはたくさんのステーキチェーンがある。グルメジャーナリストの東龍(とうりゅう)氏は、この4つのチェーンの魅力は「サラダバー」によるものが大きいと分析する。
「ステーキチェーンはサラダバーが充実しているところが多い。『ステーキのあさくま』はサラダバーに用意されている牛すじカレーが人気で、カレー目当ての人もいるほど。ドロッと濃厚なコーンスープも魅力で、レジカウンターではお土産用にレトルトのコーンスープを販売しています。
『ステーキガスト』も10種類の野菜のほか、海藻、豆腐、大学いもなどがそろったサラダバーが充実。カレーもあります。
『ブロンコビリー』のサラダバーで食べたいのはコーヒーゼリー。店内で手作りされている特製クリームをかけて味わうのが食後の楽しみというファンも多いです。『ステーキ宮』はキュウリやニンジンなどがダイス形にカットされていて、ほかの店と違う食感が楽しめます」
実際にそれぞれの店に行ってみると、サラダバーはやはり活況だ。コロナの影響で黒山の人だかりというほど人が集まることはないが、野菜やデザートが並ぶコーナーには常時2、3人がいた。
ちなみに各店のサラダバー単品の価格(いずれも税抜き)を見ると、「あさくま」は1180円、「ガスト」は799円(ランチタイムは599円)、「ブロンコビリー」は400円(単品注文不可)、「宮」は790円(スープバー込み)。
1000円で肉が食べられる「やっぱりステーキ」のサラダ、スープのコーナーと比べると数倍、いや数十倍豪華なサラダバーだが、サラダやデザートだけでこの価格では正直高め。ファストステーキ時代になると、豪華なサラダバーの魅力は薄れていくのではないだろうか?
「ステーキは注文してからテーブルに出されるまで、意外と時間がかかるもの。そのため、多くのチェーン店でサラダバーを取り入れているのです。野菜やスープを自分で盛りつけてテーブルに戻り、サラダを食べている間に肉が届く。
こうすることで待ち時間を長く感じることはないし、店のスタッフがサラダを作る手間を省くことができて一石二鳥なんです。ちなみに、このサラダバーを国内で最初に取り入れたステーキチェーンは『あさくま』。この店はステーキをファミリーでも手の届く価格で提供した最初のチェーン店です」(前出・千葉氏)
これらの店のメニューを調べてみると、ステーキ自体の価格は意外と安い。「あさくま」はサーロインステーキ(150g)がサラダバー込みで2480円。単品販売はしていないが、ステーキ単体の価格は実質1300円。
「ガスト」は熟成赤身ロースステーキ(150g)が949円、「ブロンコビリー」はウルグアイ産炭焼き超厚切り熟成サーロインステーキ(150g)が1480円、「宮」は宮ロースカット(125g)が1280円(店舗によって価格が異なる場合あり)と、いずれの店もリーズナブルなものは1500円以下。
こう考えるとどのチェーンもお手頃価格だ。しかも「ガスト」と「やっぱり」は同等の価格帯だ。
「同じステーキを扱う店ですが、『やっぱり』は飲んだ後のシメにステーキを食べるという沖縄の食習慣から誕生したもの。そのため、肉だけを手軽に味わうことに特化しています。
ほかのお店は『ステーキ=ごちそう』という考えが発展してつくり上げられたものです。ステーキを食べるシーンが異なりますから、これらふたつの業態が客を奪い合うということは、そこまでないのでは」(前出・千葉氏)
単体価格はリーズナブルで、サラダバーも魅力的。既存のステーキチェーンは今後、さらにサラダバーに磨きをかけていきそうだ。
「『ステーキガスト』は、毎月29日の肉の日に特別メニューを提供したり、ステーキの食べ放題を実施したりとユニークなイベントをたくさん開催しています。
『ブロンコビリー』には小学生までの子供を対象にしたキッズクラブ会員という制度があり、誕生日などにお得なクーポンがもらえます。『やっぱり』のコスパの高さもすごいですが、ほかのチェーン店のイベントも魅力ですね」(前出・東龍氏)
安さと手軽さをアピールする「やっぱり」式。セットで2000円かかるものの、サラダ、スープ、デザート、そしてイベントが充実した「サラダバー」式。2020年代のリーズナブルな価格でステーキが味わえるチェーンはこのふたつの方式が主流となり、われわれにとってステーキという食べ物がますます身近なものとなるだろう。
そして、誰もが思いつかなかった画期的な売り方や斬新なシステムをひっさげて、「いきなり!」が割って入り、再びステーキチェーンの台風の目となるときがやって来るかもしれない。