『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は最近ハマっているという「飛び地」探しについて語る。
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海外どころか、国内旅行すら行きづらいなか、地図を眺めて現実逃避する時間が多い今日この頃。最近ハマっているのは、「飛び地」探しです。きっかけは、北米の地図を見ていたとき。
アメリカとカナダの国境を見ると、太平洋岸から五大湖の東側まで真っすぐ引かれた国境に、突然ボコッと突き出している箇所があります。そこはミネソタ州のノースウェストアングルという地域で、小学校で習った当時はどこがミネソタか覚えるための目印にすぎない存在でした。
先日グーグルマップでこの地域を見てみたら、面白いことに気づきました。この一角、地図で見ると土地だけど、実は半分以上がウッズ湖という湖。その北に少しだけ土地があり、「アメリカと陸続きじゃないアメリカの領土」になっています。
要するに、カナダの中にポツンと存在する辺境の飛び地。いまさらの発見に大興奮。よく考えると、そもそもアラスカ州が本土から離れた大きな飛び地だけど、堂々と離れすぎていて別ジャンルな気がします。
世界に目を向けると、私にとっての"ベストオブ飛び地"はバングラデシュとインドの飛び地群でした。
両国の国境に約160ヵ所の小さな飛び地が密集していて、そこには「バングラデシュの中のインドの中のバングラデシュの中のインド」(!)という世にも珍しい三重飛び地も存在していましたが、2015年の領土交換によって解消されました。地図好きにとっては少し寂しいですが、住民からしたら利便性が上がったのではないでしょうか。
複雑に入り組んだ飛び地で現存するものはいくつかあります。UAEのナワという集落は、UAEの中のオマーンの飛び地の中にある、二重飛び地。UAEとオマーンの国境も複雑で、ムサンダム半島はオマーンから切り離された飛び地です。世界一の石油輸送路ホルムズ海峡に面しており地形が独特で、半島のリアス式海岸を見るボートツアーが観光客に人気だそうです。
ベルギーとオランダの国境線もとにかくすごい。オランダのバールレ=ナッサウという街の中にある、ベルギーの飛び地バールレ=ヘルトフは24ヵ所の小さな飛び地が並んでおり、非常に難解。
国境線の地図記号であるプラスマークが街中の地面に描かれており、お店の入り口はベルギー、店内はオランダという商店がしばしば。むろん、イミグレらしい場所はなく、埼玉県新座市の中に存在する東京都練馬区西大泉町のようなカジュアルさで行き来が可能です。
標識を見ないとどの国かわからないほど入り乱れていますが、オランダ側は街路樹が整っていて建物のデザインがそろっており、ベルギー側は建築スタイルのバリエーションがあるような気がしました。暮らすのは面倒くさいと思いきや、うまく両国の法律を利用して節税したり、国境の複雑さを売りにした観光業も盛んでした。
このように観光地化された飛び地に期待してフランスにあるスペインの飛び地リビアに行きましたが、唯一の名所は薬学博物館でした。新型コロナのロックダウンはどう行なわれたのか気になります。練馬区西大泉町の皆さんも「STAY TOKYO」、うまくいっているかしら。
●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。アメリカ人と日本人のハーフで、4歳から14歳までアメリカで育つ。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。埼玉県新座市の中にある練馬区西大泉町は昔、土地開発の業者が住所を間違って提出してしまったからそのようになったとの説を聞き、あまりの適当さにあぜんとした。公式Instagram【@sayaichikawa.official】