くしゃみなど、ちょっとした刺激でも引き起こされる「ぎっくり腰」。テレワークの影響で患者が増加しているという。この厄介な"国民病"から腰を守るために、われわれは何をすべきか?

■ぎっくり腰は労災認定されるのか?

厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2019年)によると、腰痛に悩まされている日本人は約3000万人。男性が自覚症状を訴える病気やケガの中では長年1位をキープし"国民病"とさえいわれるが、今、腰痛事情はさらに深刻になっているという。

「テレワークの広まりとともに、腰痛を訴える会社員が増加しています。ぎっくり腰を初めて経験した若手社員もいるようです」

そう話すのは産業医の大室正志氏だ。

「社員の腰痛予防や改善に力を入れている企業や健保組合は少なくありません。特に最近は腰痛改善アプリの導入がはやっています」

実際、肩こり・腰痛対策支援アプリ『ポケットセラピスト』を開発・運営するバックテック社によると、今年2月から9月までの約半年間で、腰痛などに悩む利用者からの相談件数は4倍以上に増加。同社も、テレワークの普及が大きな要因であると推測している。

「そして、特にぎっくり腰は年末年始に起きやすいといわれ、注意が必要です」(大室氏)

ぎっくり腰は、ヨーロッパでは"魔女の一撃"と呼ばれる。これを食らえば2、3日は床に伏せることになるが、腰のどの部分がどうなった状態を指すのか、普通の腰痛とは何が違うのか、素人にはいまいちよくわからない。

そこで、東京都内で腰痛改善スタジオ「MARO'S(マロッズ)」を主宰する伊藤和磨氏に解説してもらった。

「急な激痛を伴う腰痛を一般的に『ぎっくり腰』と呼びますが、正式には『急性腰痛症』といいます。腰椎(腰部を支える5つの骨)の椎間関節(腰椎を連結する関節)が捻挫を起こしたり、腰の筋膜が炎症を起こしたりする状態を指し、重いモノを持ち上げたときだけでなく、落としたモノを拾ったり、立ち上がろうとしただけでも起こりえます」

腰痛改善スタジオ「MARO'S」の伊藤和磨さん

実は、ぎっくり腰になる瞬間の前後で、腰の状態はほとんど変わっていないという。

「ぎっくり腰になる時点で、すでに腰には日頃の負担が蓄積しているんです。例えば普段から姿勢が偏っていて筋肉が硬くなり、関節の安定性が損なわれ、そこに大きなストレスが加わることで激痛が走ることがあるわけです」

つまり、事故など明らかな要因がある場合は別として、普通の腰痛(=慢性腰痛症)とぎっくり腰(=急性腰痛症)の間に明確な境界線はないということだ。確かに、日頃から腰痛を抱える記者も、だんだん痛くなった末に、ある朝、起き上がれないほどのぎっくり腰になることが多い。

ちなみに姿勢の悪さだけでなく、運動不足、冷えによる筋肉の緊張などもその要因だという。そして厄介なことに、ぎっくり腰はクセになる。

「僕自身、一年で6回もやりました。僕は『ぎっくり傷』と呼んでいますが、一度ぎっくり腰で損傷した組織は、伸縮性が低下して固まった瘢痕(はんこん)組織になります。そこがトリガーポイントになり、再発しやすい状態になるのです。経験者の再発率は6割以上との報告もあります」(伊藤氏)

ところで、テレワーク中にぎっくり腰になる、あるいは腰痛が悪化した場合、労災は下りるのか? 前出の大室氏は言う。

「発症が労働中なのかどうか、仕事が原因なのかどうかが基準になりますが、デスクワークの場合、座る行為は日常生活と密着しているので、仕事のせいなのか生活のせいなのか判断しづらい。もちろん、慢性腰痛では認められません」

顕著なのが長距離トラックドライバーのケースだ。厚労省が発行する「腰痛の労災認定」では、長距離運転による発症は労災補償の対象として挙げられている。しかし実際には、運転が原因と証明することは難しく、労災認定の壁は高いという。

一方、ぎっくり腰の場合は労働中に重いモノを持った、あるいは負荷のかかる不自然な体勢が続いたなど、原因が明らかな場合は労災が認められることもある。ただし......。

「会社にいれば仕事中であることがわかりやすいですが、在宅勤務の場合はぎっくり腰の引き金となった動きが業務上の行為であるかどうかの見極めが難しく、労災認定のハードルが上がってしまっているのが現状です」(大室氏)

■「蟻の門渡り」を座面にぴったりつける

やはり予防に努めるしかないということか。ということで、前出の伊藤氏にレクチャーしてもらおう。

「正しい姿勢や動作パターンを、一日の中でどれだけキープできるかが肝です。猫背は問題外。自分では姿勢がいいと思っていても、実は無意識に重心が偏っていることも多々あります。

例えばモデル立ちのように片足を前にズラしていたりすると、骨盤が左右にズレて片方の腰やお尻に負荷がかかります。人間は視界さえ水平であれば体の左右のゆがみに気づかないんです」

《立ち方》後頭部・背中・腰の3点が一直線になっているのが正しい立ち方。写真のように、柱や壁の角を使って確認すれば3点を意識しやすく、左右にズレにくい。このとき、腰と柱の隙間に手のひらがひとつ入るのが正しい姿勢。入らなければ猫背、まだ隙間があれば反り腰になっている可能性がある

ちなみに「正しい姿勢」とは、後頭部・背中・腰の3点が一直線になっている状態で、「骨盤が前傾していること」がポイント。この姿勢を座っているときもキープすることが重要だという。

「普通に座ると骨盤は後方に傾きやすい。そうではなく、股関節を折り畳むようにお尻を突き出して座ると骨盤が前傾し、座骨(お尻の下部の骨)を点でなく全体で支えられ安定するので、腰への負担が軽減されます」

《座り方》椅子に座るときは膝を曲げて腰を下ろすのではなく、股関節を折り畳むように意識する。すると、お尻を突き出す形になる。スクワットと同じ動きだ。立つときは視線を下にしたままだと頭が下がって姿勢が悪くなるため、顔を少し上げると負担なく立ち上がれる
股間と肛門の間の「蟻(あり)の門(と)渡り」を座面にぴったりつけるイメージだ。日頃からこの座り方をキープすれば、特に体幹トレーニングなどをしなくても背筋を伸ばして座れるようになる。

「椅子の座面が低かったり、背もたれに寄りかかったりすると、骨盤が後傾してしまいます。座面を膝より高くし、足を少し開いて、前のほうに座りましょう」

腰痛予防は座っているときだけではない。

「例えば歩いているときも、スマホを見ていたりカバンを持っていたり、多くの人は腕を動かしていない。これだと無意識に上半身を固定しようと腰へ負荷をかけています」

こうした正しい姿勢や歩き方を身につけるには、少なくとも1週間は必要だそう。

《モノの拾い方・片手で拾う》後頭部・背中・腰を一直線に保ったまま、片膝をついてしゃがみ、膝に手を当てて負荷を分散する《モノの拾い方・両手で拾う》両手でモノを持ち上げるときも同様に上半身の直線をキープし、お尻を落としてスクワットするように持ち上げる。ぎっくり腰のときでもこの拾い方なら腰への負担が少ない

だが、それでもぎっくり腰になった場合の応急処置は?

「まずは温めること。昔は冷やせといわれていましたが、温めることで血流をよくしたほうが回復は早い。動けるようになったら、無理のない範囲で日常生活を送りましょう。これも以前は安静にすることが推奨されていましたが、動かないと筋膜や筋線維が硬直したままで、回復を妨げます」

応急処置として、また予防法としても、「四つんばいスクワット」が効果的だという。

「四つんばいになり、お尻をかかとにくっつける動きです。大臀筋(だいでんきん)や太もも裏のハムストリングス、そして股関節が緩みます。これは日常的にやっておくといいでしょう」

ぎっくり腰予防は一日にして成らず。元気な腰で明るい一年を!

《四つんばいスクワット》肩幅ほどに手と足を開いて四つんばいの体勢になり、背筋は真っすぐ、足首は立てる。そのままかかとにお尻をつけるように腰を引く。腰回りの筋肉や股関節を柔らかくするだけでなく、座るときに大切な股関節を折り畳む感覚が身につく。毎日12回1セットで予防になり、ぎっくり腰の応急処置としても有効だ
《股関節ストレッチ》上半身と下半身をつなぐ腸腰筋など、股関節には腰痛に関わる筋肉が密集しているが、骨盤が後傾していると股関節が硬くなりがち。片膝をついて上半身を前方にスライドするように伸ばすことで、骨盤が前傾し、股関節が緩む。このときも背筋は真っすぐにして、痛気持ちいいぐらいまでしっかり伸ばす。毎日左右30~45秒ずつ行なうと効果的だ

●腰痛改善スタジオ「MARO'S」・伊藤和磨(いとう・かずま)さん
プロサッカー選手としてヴェルディ東京などでプレーしていたが、持病の腰痛により21歳で引退。その経験を生かしトレーナーの道に進み、「MARO'S」を開業。著名なアスリートから一般の患者まで幅広くサポートしている