『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、高校時代に通った駅について語る。
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自著『鉄道について話した。』でも取り上げましたが、私が通っていた高校は、JR中央線武蔵境駅から出ている西武多摩川線という都会のローカル線の沿線にあるインターナショナルスクールでした。
最寄りの「多磨駅」は地域の代表ヅラしているかのような駅名ですが、実際は自動改札がない小さな小さな駅で、2000年代になっても駅員さんに切符にハンコを押してもらって入る、時代に取り残された小屋みたいな駅。
東京では珍しい構内踏切が残っていて、その貴重さを知ったとき(JRはもちろん、私鉄でも構内踏切がまだあるのは短い支線の数駅のみ)、日本の鉄道風景の奥深さに気づくことにもなりました。
踏切の音が「フワンフワンフワン」と少しとぼけたソフトな音色なのですが、近鉄の構内踏切の「ペゥーッペィーッペーッ」という激しいブザー音を聞いたとき、あまりの違いに衝撃を受けました。
東武亀戸線の亀戸水神駅の「れんれんれん」と懐かしく響くものや、JR飯田線伊那新町駅の音のブレ方が『ジングルベル』のリズムに聞こえる個性的なものまで、多磨駅のおかげで全国の構内踏切の魅力にハマりました。
そんな"市川歴史遺産"、そして昭和鉄道遺産ともいえる多磨駅がついに生まれ変わり、昨年12月23日に新駅舎が誕生! あののどかな盲腸線、西武多摩川線に未来的な駅が突如出現しました。
2階建ての立派な橋上駅舎で、私が3年通った小屋の何倍も大きい。外側は開放的なガラス張りと爽やかな外壁緑化であしらわれ、構内には桜をモチーフにしたメモリアルアートを設置。
男性用と女性用以外に、ユニバーサルデザインの「誰でもトイレ」も用意されており、グローバルスタンダードへの意識もうかがえる。まるで昭和から平成を飛ばして令和に突入したよう。
もちろん、愛する構内踏切は撤去。ホームに行くには、橋上化された改札を通って、エスカレーターを降りるだけ。東側と西側をつなぐ怖い地下通路もなくなり、バリアフリーに備えたコンコースも完成しました。コンコースからは線路が見えて、天気のいい日は遠くに富士山も眺められるらしい。あの陰キャな多磨駅で富士山だなんて。わお。
ホームは広くなっており、電光掲示板が設置されたのは予想どおりだけど、びっくりは駅名標。東京外国語大学の最寄り駅でもあるため「多磨(東京外大前)」の副駅名が。2001年までは、「多磨墓地前」駅だったのに。お墓メインの駅から出世したな......。バスロータリーまでできていて、もう正直"知らない駅"です。
ちなみにこの大改装の背景には、オリンピック・パラリンピックのサッカー会場に選ばれた東京スタジアムと、自転車競技のスタート地点の最寄りだという理由があるそうです。大型商業施設の進出も予定されており、これからホットスポットとなる多磨駅周辺。
しかし、オリ・パラの開催も商業施設の開店もどちらも延期され、いったいどうなるのか......。在学中は、ファミリーマート、『週刊少年ジャンプ』を発売日の2日前に置く商店、そして無数の墓石屋さんしかなかったので、ほんのちょっとでも華やかになるならうらやましいです。
●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。多磨駅の変貌を同級生に報告したが、誰も食いついてくれなかった。公式Instagram【@sayaichikawa.official】