『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は鉄道マニアの彼女が、185系「踊り子号」について語る。
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3月は鉄道ファンにとって別れと出会いの甘酸(あまず)っぱい季節。今回のダイヤ改正ではついに185系「踊り子号」が定期運行を終え、ひとつの時代に幕が下ろされます。
都心から静岡・伊豆方面への足として、1981年にデビューした国鉄型の特急車両である踊り子。都市部の花形路線で活躍した車両を地方路線に転用するというよくあるパターンではなく、踊り子は登場してから40年、毎日東京駅に入線し続けている珍しい存在。鉄道に興味がなくても、首都圏に暮らす人なら見覚えのある名車両です。
ツルツルのステンレスやアルミ製の車両が並ぶなか、踊り子のゴツゴツした鋼製のボディは無骨で愛らしく、不思議な安心感がありました。アイボリーの車体に、グリーンの大胆な斜めライン。爽やかさと同時に渋さもあり、潔いデザインでした。
最新の車両に交ざり、踊り子は堂々と国鉄の薫り・昭和の薫りを漂わせながら爆音のモーターを鳴らしてました。東京駅から国鉄型車両が姿を消すなんて、信じられません。
私は品川駅から乗車するほうが便利でしたが、あえて東京駅から利用していました。目的は、行き先や列車愛称を変更する「幕回し」。近年の行き先表示はLEDが主流ですが、185系はクルクル回るアナログのロールサインを装備。
ヘッドマークを変更できる「愛称幕」と車体の側面の「方向幕」が回っている間、出番の少ない"レア行き先"や、すでに引退した愛称のチェックは欠かせませんでした。
車内もたまりません。気づいたら「レトロ」とステキに形容されるようになったけど、クラシカルな内装を狙ったのではなく、単に古くなって味が出ただけ。この本物感のせいなのか、乗り込むと昭和の世界に引き戻されます。
曇りガラスのグリーン車ドアや足で踏んで重さで検知する自動ドア、線の細い国鉄文字(すみ丸ゴシック体)で「くずもの入れ たばこのすいがらは入れないでください」と書かれたゴミ箱。特徴のひとつは、窓が開くところ。
窓が開く列車が減っている今、開閉用のつまみさえ懐かしく感じます。固くて重くて開けにくいけど、感染対策の観点からは時代と合致したところに数奇な運命を感じます。
ちなみに踊り子の窓には、カーテンもあるのに、ブラインドも設置されています。同機能のアイテムが装備されている理由は知りませんが、カーテンが重厚な雰囲気を醸し出し、ブラインドが日よけをしつつ景色を程よく見せてくれるので、私としてはありがたかったです。
ドア横の戸袋窓もオススメです。開閉時にドアの一部が視界に飛び込んでくるので、前後両端の席は一般的にはハズレ席とされていますが、躍動感に見惚れてしまいます。
音も魅力的です。まずは、爆音のMT54型モーター。東海道線区間の高速走行になるとボワーと唸(うな)り、乾いた雄たけびが最高です。車内チャイムは、定期列車ではオルゴールの鉄道唱歌。老朽化で電子音に変更された編成がほとんどですが、一部車両ではいまだに本物のオルゴールを流しているので、乗る際は旋律に耳を澄ませてください。
て、もう乗れないのか......。踊り子よ、楽しい旅をありがとう。
●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。国鉄型特急車両が岡山~出雲市間を結ぶ「やくも」だけになってしまうので、乗りにいきたい。公式Instagram【@sayaichikawa.official】