「ハドソンマーケットベイカーズ」のチョコチャンク(手前)とオートミールのクッキー(奥)
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、クッキーについて語る。

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日本風の洋食で、欧米と違うものはたくさんありますが、私が日本に引っ越してきてから一番びっくりしたのはクッキー。

日本のクッキーのほとんどはサクサク系ですが、私が育ったアメリカではクッキー=軟らかい。サクサク系はビスケットやクラッカーに属するので、サクサク系のクッキーは一般的ではなく、クッキーたるもの、軟らかい。

例えばどこかの国で、硬い食感のたこ焼きに出会ったら、ポリポリ系のたこ焼きとして認識はせずに、単に「たこ焼きじゃないほかの何か」としてとらえるかと思います。同じように、クッキーの定義にはソフトな口当たりが含まれているので、硬いものはもはや別物。

日本の缶に入ったクッキーはさておき、アメリカっぽい雰囲気のクッキー屋さんでさえ、オールカリカリな食感で「失敗したものを出された」と思ったほど衝撃でした。今思えば失礼な14歳でしたが、当時は、それくらい"硬いクッキー"という概念がありませんでした。

今となればサクサクシャリシャリの日本クッキーの魅力もよくわかりますが、やっぱり好みはアメリカンクッキーです。理由はずばり、その複雑なテクスチュア。理想のクッキーの食感は多面的で、一枚でさまざまな食感が楽しめます。

外はさっくり、中はしっとり。よく使われる表現は「chewy」。日本語に訳すと「噛(か)み応え」ですが、モチモチより歯応えがあり、少しねっとりと歯にくっつく感じだけど弾力もある、というニュアンスです。

アメリカ人がやたら好きな食感で、あえてオノマトペを当てると「むちっ」が近いかもしれません。正しく焼いたクッキーは、さっくりの外側、チューイな中間層、そして「gooey」な中心。このグーイも翻訳しにくい英語の味覚表現で、「トロトロ」「ベトベト」に近く、質感でいうと溶けたマシュマロのようなドロンッとネッチョリした様子です。

うまく焼くと、クッキーには樹木の年輪のような同心円がうっすらと浮かび上がり、円によって食感が違ってきます。以前、クッキー名人が焼いているところを見た際は、途中でいったんオーブンから取り出し、生焼けのクッキーをトレーごとカウンターに叩きつけて同心円を作っていました。突然高温の金属をドンドンしてて怖かったけど、振動で生地が広がり真ん中からキレイに波打って見事でした。

ブラウンシュガーや卵の黄身の割合を増やしても軟らかくchewyに仕上がりますが、実際アメリカの多くの人は切ったり丸めたりして焼くだけの市販のクッキー生地を使います。スーパーの冷蔵コーナーには必ずあり、子供の頃によく作ってました。そしてこの焼く前の生地「クッキードウ」をそのまま生でつまみ食いするのもアメリカの子供の定番。クッキードウ、語ると長いです。

東京だと、麻布十番にあるNYスイーツ店のハドソンマーケットベイカーズや、原宿にあるニュージーランドのクッキータイム、またはコストコのオリジナルクッキーがオススメ。日数がたっても軟らかさを保つには、食品保存袋で密閉し、食パンをひと切れ一緒に入れると長持ちします。お試しあれ。

●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。好きな食感を語りだすと日が暮れる。公式Instagram【@sayaichikawa.official】

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