『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は「ニュル動画」について語る。
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ネットには2種類の人間がいる。大きな吹き出物から角栓や脂肪などがニュルルっと出てくる動画が好きな人と、それをまったく理解できず、気持ち悪くて画面を閉じる人。残念ながら、私は前者。動画サイトで「ニュル動画」に出会うと、スマホを横にし、フル画面で食い入るように視聴してしまいます。
以前からこういう動画の存在は知っていましたが、生産性のないものを嫌う性格から、見る気がしませんでした。ぼーっとするのが苦手だし、そもそも気持ち悪い。
なのに吹き出物をドアップでひたすら潰(つぶ)す動画をうっかり見てから、止まりません。目が「やめて!」と叫んでるのに、脳がやめられない。せめてもの禊(みそぎ)として、なぜなのか、その心理現象を考えてみました。
このジャンルに中毒性を感じている人は数多くいます。ある人気チャンネルには695万人が登録しており、動画の総再生数が23億回を超えるほどで、アメリカではテレビの番組にまでなりました。英語では、角栓動画好きのことを「Popaholic(潰し中毒)」といいます。
熱心なPopaholicは、投稿者に注文つけがちなのも特徴です。中途半端に除去すると「ちゃんと芯まで取ってください」とお叱りが。このくだらないことに熱くなっているコメント欄もすてきです。
ほかによく見るコメントは、「スッキリした」や「癒やされた」。こんなに汚いのに、なぜこんなに満たされるのか。
自分のニキビを潰すとき、脳からドーパミンが分泌されると聞いたことがあります。潰す前には不安と高揚感があり、潰した後は安堵(あんど)する。身体的にも精神的にも緊張が緩和し、やる気や幸福感が増す。
これは激辛料理を食べたり、怖い映画を見たときに起こるのと似た現象だそうです。てことは、Popaholic動画を見たときに脳が同じ反応をしていても不思議ではありません。
実際に吹き出物を自分で潰すと悪化する場合がほとんどですが、動画だと自分の肌に負担をかけず、快感だけ得られてスッキリする。さらに、肌荒れという自分の力でコントロールしにくいものを制す達成感もあります。これぞ、ニュルルエンパワーメント!
人体の不思議に対面するワクワクもあります。小さな毛穴から信じられないほどの角栓や膿(うみ)が出ることは珍しくなく、「どこに入ってたの!?」「5㎏くらい体重減ってない!?」と思うほど。気持ちのいい動画は、しつこい汚れも手際よく除去し、職人技を見学している興奮と安心感もあります。
そこで思い出すのは、猿山で猿が仲間同士で毛づくろいをする姿。シラミなどを取り除くだけでなく、不安が和らいでリラックスする意味合いもあるそうです。人間も霊長類。"いちご鼻"がきれいになるのを見て、猿のグルーミングのような癒やし効果を得てるのかも?
と、角栓動画で数時間を過ごした罪悪感から、無理やり考察しました。ちゃんとした研究はまだのようですが、解明した科学者にはイグノーべル賞が待っているでしょう。
併せて、この動画を断つ方法も教えてほしい。それが無理なら、せめて、∞(むげん)プチプチの毛穴版みたいな、実物じゃなくても満たされるおもちゃを作ってくれ。
●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。耳掃除動画みたいに耳あかがごっそり取れるのに憧れて、汚れをためてみるか迷い中。公式Instagram【@sayaichikawa.official】