「かめはめ波」と叫びながらSpace Warriorに変身した後のGokuと
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、英語のアニメ吹き替えについて語る。

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英語圏のアニメ好きの間でよく話題になるのが「sub or dub」=字幕か吹き替えか論争。論争というより、英語の吹き替えで日本のアニメを見る人を字幕派が見下す、というほうが正しいかもしれない。

確かに英語のとんでも吹き替えの例は多い。演技の質、口パクのタイミングのズレ、キャラクターと声の不一致、そして翻訳の適当さ。低予算の弊害や、作り手の愛のなさがヒシヒシと伝わる作品が多々あります。

『ドラゴンボールZ』の英語版のひとつでは、誰がどんな技を繰り出しても「かめはめ波」と唱えられ、ベジータがスーパーサイヤ人に変身しながら「かめはめ波」と叫んだときは言葉を失いました(なぜか魔閃光だけ「マジックビーム」でした)。

さらに、ピッコロの名前が「Big Green」に改変され、「Big Greeeen!」と泣き叫ぶ悟飯には不謹慎ながら笑ってしまいました。ほかにも、ウーロンだけイタリアなまりだったり、サイヤ人は「Space Warrior」と呼ばれていたのに映画のタイトルが『Super Saiyan Goku』になっていたり、あまりのひどさに今は別バージョンが流れてます。

ちなみに、この吹き替えは日本語→フランス語→英語と遠回りで翻訳されたもので、クオリティの低さにはそういった背景もあるかもしれません。

ほかのとんでも吹き替えは、『マッハGoGoGo』。英語版では『Speed Racer』というタイトルで、子供の頃にカートゥーンチャンネルで見てましたが、とにかくしゃべる速度が速い。日本語を直訳しているこの吹き替え、同じ内容を伝えるのに日本語より英語のほうが単語数を要するので、口パクの尺にまったくはまらない。「ぶつかる危ないああああああ!」など、セリフと絶叫の間に一瞬も隙がないため、すべてを早送りで見ている不思議な感覚を味わっていました。直訳による違和感あるフレーズも多々あり、今見ると別のエンタメとして楽しめます。

一番びっくりした吹き替えは、1987年の『デビルマン』のOVA。テレビで放送される作品ではなかったため、とにかく口が悪い。原作漫画に忠実なトラウマ展開より、えげつない放送禁止用語を連発する飛鳥了と不動明のほうが衝撃的でした。丁寧すぎる言葉遣いもしっくりきませんが、キャラデザが幼いこともあって、覚えたての18禁単語を不自然に多用する姿に困惑。このことを永井豪先生にお話ししたら、ご存じなかったようで、吹き替えの恐ろしさを思い知りました。

伝説と化しているのは2000年に放送された『学校の怪談』。英題は『Ghost Stories』とオリジナルに忠実ですが、吹き替えがカオス。実際のストーリーは無視され、即興コントのように自由にセリフがアテレコされており、怪談物がシュールなコメディに。人種ネタのブラックジョーク満載で、英語圏のアニオタなら必ず知っている、ある意味名作です。

私が一番好きな吹き替えは『新機動戦記ガンダムW(ウイング)』。主人公ヒイロがヒロインに告げる衝撃的な名セリフ「おまえを殺す」の「Ⅰ'll kill you」のストレートさにしびれた、10歳の市川でした。

●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。クオリティの高い吹き替えだと『キルラキル』『コードギアス』などがオススメ。公式Instagram【@sayaichikawa.official】

『市川紗椰のライクの森』は毎週金曜日更新!