『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、サブスクサービスで偶然再会した「ユーロビート版テトリス」について語る。
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すっかりおなじみになったサブスクサービスですが、いまさらながら、音楽のストリーミングで感動する出会いがありました。とある現場でのメイク中。「90年代の洋楽ヒッツ」を選んで懐かしみながら支度を進めていると、流れてきた曲に私の目は見開き、マスカラを塗ろうとする手が止まりました。
ユーロビートの激しいズンちゃズンちゃに、屈強な男たちの荒っぽい合いの手。時折入るロシアなまりのセリフと電子的な墜落音。そして誰もが聴いたことがある、民族音楽的なメロディ。そう、私は、ユーロビート版テトリスのBGMを25年ぶりに耳にしたのです。記憶の扉がババッと開き、一瞬にして、部屋でラジオを聴いてた小学生の頃に連れ戻されたような体験でした。
忘れてたことさえ忘れてたこの曲との再会が、さらに魂を震わせる出来事になったのは、この謎リミックスの詳細を調べてから。日本やアメリカではこの曲がチャートインしなかったせいか、兄や父に聞いても詳細はわかりませんでしたが、アーティスト名はDoctorSpin(ドクター・スピン)で、UKチャートでは6位まで上がったようです。
すごいのはDoctor Spinの正体。なんと、『キャッツ』や『オペラ座の怪人』で知られるミュージカル界の巨匠、アンドリュー・ロイド・ウェバー。ミュージカルが大好きだった私は、「あの変なテトリスの曲のリミックスは、マニアックなDJやローカルラジオの企画だったのかな」と思いながら、ずっとウェバーの音楽を歌いまくってました。30代になって、ひょんなことから解けた謎にシビれました。
テトリスの音楽の原曲はロシア民謡。ゲームをやめた後もあのメロディーが脳内に流れ続け、街中のあらゆるものがテトリスのブロックに見えてきた経験があった人は少なくないはず。私は授業中、前に座っているクラスメイトの肩にブロックをハメる妄想をしてました。
そのことを以前、テトリスの開発者のアレクセイ・パジトノフ氏にお伝えしたら、思考や夢が支配されるほど何かに精力や時間を割り当てる能力は学術的に「テトリス効果」と命名されていると教えてくれました。PTSD患者のトラウマのよみがえりを抑えるのにも効果的という研究もあり、「ソ連のアカデミーでグラフィック表示さえできないパソコンで開発したときには、想像もしなかったことだ」とおっしゃってました。
アレクセイは、ブロックの代わりに帽子が落ちてくる『ハットリス』、文字が落ちてきて単語が完成したら消えてく『ワードトリス』など、オリジナル以外にもいろんなバージョンを作ってます。でも、ソ連とKGBに権利をブロックされ、1996年まで一切利益を手にできなかったという話にも驚かされました。
ちなみにテトリス関連で好きな話は、テトリスの世界大会で7回もチャンピオンに輝いたレジェンド、故ジョナス・ノイバウアーが語った、テトリスで養った日常生活の技。それは、どれだけ品数が多いメニューでも瞬時に食べたいものを選択し、間違ったものが運ばれてきても、すぐ受け止めるというスキル。「ほかにもメリットあるだろ」と思いつつ、久々にテトリスを頑張って、レストランでの優柔不断を直したいです。
●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。テトリスの謎リミックスは動画サイトなどで探して、癖になるダサさに浸ってください。
公式Instagram【@sayaichikawa.official】