冬に行くイメージトレーニングはもう完璧
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、ベーリング海峡にある「明日島と昨日島」というニックネームがついた不思議なふたつの島について語る。

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世界地図には、「これは、どういうことだ?」と小首をかしげたくなる場所が少なくありません。

そのうちのひとつが、ベーリング海峡にあるダイオミード諸島。ふたつの小さな島からなる諸島で、より小さいほうのリトルダイオミード島はアメリカの領土でアラスカ州の一部。一方、大きいほうの島はロシア領のラトマノフ島(英語ではビッグダイオミード)です。

アラスカ本土とロシア本土の間は88.5㎞しかないので、そもそも近いですが、リトルダイオミードとラトマノフ島の間はたった3.8㎞。真冬になると海が凍るので、アメリカからロシアまで歩けます。ただし、氷が割れるほどの大波とすさまじい強風によって歩くのは困難な上、温暖化の影響で氷が安定しない年が増えているそうですが。そもそも国際法違反ですし。

ロシアとアメリカの驚くような距離の近さだけでなく、さらに不思議なのが、ふたつの島の間に日付変更線が通っていること。結果、わずか3.8㎞の間に21時間の時差があります。

ラトマノフ島がリトルダイオミード島より時間が進んでるので、リトルダイオミード島から隣の岸を眺めると、ある意味未来が見えます。英語では「明日島(Tomorrow Island)」「昨日島(Yesterday Island)」というニックネームがついてますが、個人的には「未来島」と「過去島」と呼んだほうが響き的にしびれます。

ちなみにアメリカの昔の観光ガイドに「タイムトラベルできる島」と紹介されていましたが、小さな字で「*実際に時間移動はできません。ご了承ください」とただし書きが。まじめか。

ラトマノフ島には軍事施設と気象台しかないですが、アメリカ側のリトルダイオミード島には人口200人以下のコミュニティがあります。学校、郵便局、カフェはあるものの、宿がないので、行くならホームステイが一般的なよう。学校の体育館の床に有料で寝てもいいそうですが、寒そうだし堅そうだし臭いらしく、ハードモード......。

そもそもアクセスが非常に悪く、うまく飛行機を乗り継いでもニューヨークから24時間以上かかります。最後はアラスカ本土のノームという、アラスカの主要都市と道路でつながっていない陸の孤島のような小さな街から島に上陸しますが、これも大変。滑走路がないため、凍っている時期は氷に着陸。その長旅から、体育館で素泊まりはなかなかハードル高い。

でも、いつか行きたいです。冷戦を生き抜いた語り部が多く、そのときの経験を教えてくださるそうです。当時は「鉄のカーテン」ならぬ「氷のカーテン」と呼ばれており、それまでは自由に行き来していたそう。親戚同士別の島で暮らす場合も少なくなかったけど、ロシア側の住民は軍事施設の建設に伴ってシベリアに移住させられました。

こういう事実を考えると、国境も時差もいかに人工的なものなのか痛感させられます。こっちは〇〇日の何時、んでこっちは〇〇日の何時、と決めても、まったく同じ時間を過ごしているわけですから......。とはいえ、未来島と過去島の表面上の概念はたまりません。いつか未来島で忘れ物をして、それを取りに「バック・トゥ・ザ・フューチャー」したいです。

●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。よく考えたら、滞在中の島が「現在島」で、もうひとつが「過去島」か「未来島」。公式Instagram【@sayaichikawa.official】

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