『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、市川紗椰が最近知ってびっくりした、アメリカ人なら誰でも知っている「地下鉄道」の新事実について語る。
* * *
最近びっくり新事実に遭遇しました。アメリカ史の中でも最もよく知られたテーマのひとつ「underground railroad(地下鉄道)」についてです。このテーマは小学校でも時間を割いて習う上、数多くの映画や小説になっているので、アメリカで育ったなら知らない人がいないくらいメジャーなものです。
背景は南北戦争前。この頃、アメリカの北部は奴隷制度を廃止していた一方、南部は黒人奴隷の労働力に頼っていました。地下鉄道とは、この南部の奴隷たちを北部やカナダに脱出させる手助けをした組織、または逃亡路そのものを指します。
実際は鉄道ではなく、逃亡者=乗客、隠れ家=停車駅、案内人=車掌と、当時最先端だった鉄道用語を隠語として使っていました。
案内人がいない場合も多く、逃亡者は北極星や、木にコケが生えている方角などを頼りに北を目指しました。隠れ家は、暗号入りのキルト毛布で行き方や立ち寄っていいかどうかを伝えたといわれています。柄によって、「左方向」「警察がウロウロしているから気をつけろ」「食料あります」など異なる意味があり、逃亡者は干してある毛布を見て進んだそうです。
「フリーダムキルト」と呼ばれるこの毛布を、小3の頃に授業で作ったのをよく覚えてます。私だったら協力する勇気を持てたのか?と思いながら。
この地下鉄道の力を借りて、3万~10万人が解放されたといわれています。南部では奴隷を手助けしたのがバレたら家族ごと逮捕されかねない時代。逃亡者本人は殺されたり、農場に残った家族や友人も拷問されたりしました。命を張って救出した人々と、人権を求めた奴隷たちの勇気は計り知れません。
勇敢な脱出の物語の数々を語りたいところですが、ここからが本題。暗号入りのフリーダムキルトの話は、「おそらくウソだ」という説が濃厚になったそうです。
元は、キルトフェスティバルなどでマニアたちの間から生まれた毛布神話で、それが広まったものの、最新の研究では地下鉄道の学者やキルト専門家が、どっちも否定しているそうです。当時のものが残ってないどころか、文献の記述も神話が広まってからしかないようで......。
思いをはせながらチクチク毛布を縫った少女市川の時間はなんだったのか。ロマンがあるわかりやすくていい話だったのに......。
でも、このわかりやすさが危ういんだな、と思います。「いい話」は信じたい、しかも「ぽい」話だから疑わない。根拠がなくてもこんなにもひとり歩きする。教科書に載るほど。キルトに暗号がなかったとしても、北部に脱出した人々の勇敢さは何も変わらないし、地下鉄道の事実はもちろん揺るがないけど、不思議な気持ちです。
西郷さんの眉毛は本当は太くなかったことを知ってからも、鹿児島に行くと西郷どんみたいな方を探したことを思い出します。
ちなみに、地下鉄道の象徴的な人物、ハリエット・タブマン(自分の脱出後、13回も南部に戻って仲間の解放を成功させた)は、黒人女性として初めてアメリカの紙幣になります。以前から決まってましたが、トランプ氏に棚上げにされ、バイデン氏が計画の再開を発表しました。わーい。
●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。恐竜が実はモフモフしてたという研究を、いまだに信じてない。公式Instagram【@sayaichikawa.official】