日本に引っ越してきた頃の市川。愛犬と
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、市川紗椰が日本に引っ越してきた頃に実践していた「日本語の覚え方」について語る。

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日本に引っ越してきた頃、私は日本語があやふやでした。インターナショナルスクールでは、高校1年生にして小1レベルの日本語を勉強する授業を選択し、漢字や単語、正しい文法を学びました。勉強全般が好きだった上、好きな日本のアニメや音楽をちゃんと堪能したいという気持ちから、けっこう頑張って。課題以外にも、街中で気になったフレーズや歌に出てくる表現を日頃からノートに書き留めてました。最近、そのノートが見つかったんですが、こんな覚え方したの!?と失笑するものが多かったので、いくつか紹介します。

まずは「開」と「閉」。どっちがOpenでどっちがCloseかを覚えるため、「門+オ=オープン。じゃない!!」と門構えの中の「オ」を目印にしてました。パーツを分解して漢字の書き方や意味を覚えることはよくあるかもしれませんが、「オープン。じゃない!!」って。トリッキーすぎる。でも実は、いまだにエレベーターの開閉ボタンを押すたびに「オープン。じゃない!!」と心で唱えてます。 

同じく紛らわしいのは「右」と「左」。どっちがRightでどっちがLeftか覚えられず、編み出したのは、「Left=hidaLi」。Right=hidaRiと間違えそうですけど、いまだに「左」という文字を見ると、脳内では、滑らかなLで再生されます。教習所でテンパってたときに、一度だけこの発音で声に出したことがありますが、こわもての先生が笑いをこらえてました。

「右」という漢字の覚え方もありました。「surprised by the U-turn, I covered my mouth in disbelief with my right hand(Uターンにびっくりして右手で口を隠した)」。なぜUが出てくるかというと、右の音読みはユウやウだから。口は、右の字でいう「ナ」の下にくるパーツ。よく考えたな、と一瞬感心しそうになりましたが、これがなぜ「ひだり」ではなく「みぎ」の覚え方なのか、肝心のところはノーヒントでした。

当時の私には「人」という漢字が頭も腕もない人間に見えたらしく、音読みを覚えるコツとして「headless and armless person is a "NIN"ja(腕も頭もない人は忍〈にん〉者)」というホラーな設定にしていました。ほかにも、「立つ」の隣に茶色い丸が描いてあり、そのまた隣に「立つ→たつ、りつ。standing ritz party(立ち食いリッツパーティ!)」という覚え方も書いてありました。

「春色、映画色 subjective(想像上の色)?」という一文も。松本隆さんの歌詞が好きだった私は、『赤いスイートピー』や『瞳はダイアモンド』に出てくる松本さんワールドの単語を一般的な日本語だと勘違いしていたようで、混乱がうかがえます。 

「Monday:ask how to write chinpira in kanji(月曜に、「チンピラ」を漢字でどう書くかを先生に聞く)」という自分へのリマインダーもありました。なんでそんなことを知りたがっていたのか、先生がどう反応したかは覚えてないです。

●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。ノートの中に「漁業協同組合」と何回も何回も書いてるページにぞっとした。
公式Instagram【@sayaichikawa.official】

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