6月7日、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、アメリカの製薬会社バイオジェンと日本の大手製薬会社エーザイが共同開発したアルツハイマー病の治療薬「アデュカヌマブ」を承認したと発表。
世界初の根本治療薬になると期待されているが、実際の効果や価格、誰が使えるのかといった数々の素朴な疑問を、アルツハイマー新薬の取材に長年携わった医療ジャーナリストの村上和巳(むらかみ・かずみ)氏が徹底解説!
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■不治の病が治る日が来る!?
――初めに、アルツハイマー病とはどんな病気ですか?
村上 アルツハイマー病は典型的な認知症のひとつです。認知症はアルツハイマー、脳血管性、レビー小体型と主に3つに分けられますが、アルツハイマーが認知症の約6~7割を占めます。物忘れだけではなく、時間や季節などがわからなくなる見当識障害や、最終的には自分がどこの誰なのかがわからなくなって、意思疎通もできなくなります。
――いわゆる"ボケる"という状態ですね。
村上 アルツハイマーなどの認知症は日常生活に大きく支障をきたします。場合によっては家族の介護のために仕事を辞めざるをえないなど、周りが巻き込まれる点で、がんなどの病気に比べて、より深刻です。
内閣府『平成29年度版高齢社会白書』の推計によると、2012年の認知症患者数はおよそ460万人、2025年には700万人前後に達するといわれています。これは65歳以上の高齢者の約5人にひとりが認知症になることを意味します。
そのほか軽度認知障害(MCI)という認知症の一歩手前の人が400万人ほどいます。そう考えると、今や高齢者の約3人にひとりが認知症の時代です。
――高齢化社会の日本にとっては深刻な現実ですが、アルツハイマー病の原因はわかっているんですか?
村上 アミロイドβ(ベータ)という悪性のタンパク質が原因のひとつと言われています。推定20年という長い時間をかけ脳内に蓄積することで脳内の神経細胞を死滅させ、認知機能が低下すると考えられています。
これを電線でたとえると、冬に電線(神経細胞)の上に雪(アミロイドβ)が積もっていき、次第に電線が摩耗、最終的に切断(死滅)してしまうイメージです。神経が切断されるので、情報が脳内に伝達されず、物事を新しく覚えられないし、忘れてしまう。
ただし、このアミロイドβ原因説は、認知症で亡くなった患者の脳内を解剖して調べると、アミロイドβが多量にあるため「アミロイドβが原因だろう」という仮説にすぎません。つまり、原因のはっきりしない病気なわけです。これがアルツハイマーの薬がなかなか世に出てこなかった原因のひとつです。
――では、期待の新薬「アデュカヌマブ」はどのようなもので、その効果は?
村上 従来の薬は、脳内の情報のやりとりのために神経細胞の中を通る神経伝達物質である、アセチルコリンの量を増やすというものでした。
しかし、再び神経細胞を電線にたとえると、摩耗して切断した電線(神経細胞)にいくら電気(アセチルコリン)を流しても通電しないように、神経が死滅したら無駄な抵抗なんです。その間にもアミロイドβは蓄積し神経細胞の数はどんどん減っていくので、従来薬は1、2年くらいで効果がなくなります。
そこで、じゃあ神経細胞が死なないように、アミロイドβがたまるのを抑えましょうというのが新薬アデュカヌマブのアプローチです。月1回、静脈に点滴で投与するんですが、これはアミロイドβに対する人工的な抗体で、くっついて取り除くものです。臨床試験でも薬の量や投薬期間によってはアミロイドβを減らす効果が出ています。
ただ、この薬にも限界があって、それは死んだ神経細胞は元に戻ることはないため、進行の速度を緩めるだけで本当の意味での根本治療ではないというところです。なので、アミロイドβがたまり始めているものの、まだ神経細胞は死滅してない軽度認知障害や早期アルツハイマーの人などに投与するのはそれなりに有効です。逆に言えば、アルツハイマーが発症し、かなり進行している人には効果はないと言い切れます。
■日本では早ければ年内に承認も!
――新薬開発に成功したバイオジェンはどういう会社ですか?
村上 創業から40年以上たっていますが、もともとはベンチャーから発祥したアメリカの企業で、技術力が非常に高い製薬会社です。ただ、会社の規模が小さいゆえに薬の販路が弱く、それで今回、世界的に販売網を持つエーザイと組んだということです。
ちなみにエーザイは、1997年に世界初のアルツハイマー薬「アリセプト」を発売した会社ですし、バイオジェンのように開発力はあるけど販路が弱い会社には魅力的。エーザイとしても、アリセプトの後継の認知症の薬がなかなか出ない。だからこそ組んだんでしょう。
――ほかの大手企業も同様の薬を開発していたそうですが、なぜバイオジェンは新薬開発に成功したんですか?
村上 バイオジェンがアミロイドβの抗体を作る際に注目したのはアルツハイマー病になりにくい、あるいはなってもあまり進行しない高齢者の存在でした。彼らに献血をしてもらい、血液から採取できるアミロイドβの抗体を抽出し、遺伝子工学の技術でクローニング、培養してアデュカヌマブを作った。
成功した理由のもうひとつは、アミロイドPETといって、脳内のアミロイドβの量を放射線診断薬を使って検査・測定し、薬を投与した前後でどのくらい変化があったのかをすべて画像診断で評価した点です。アミロイドβが減ったことで認知機能が回復しているという相関結果を初めて画像で提示したんです。
――僕たちの親世代には間に合いますか?
村上 この薬の価格はアメリカで患者ひとり当たり年間約600万円といわれています。日本は現在、承認申請中ですが、年内か遅くとも来年の半ばには結果が見えるでしょう。もし承認されれば保険適用されると思いますが、適用条件は厳しくなるでしょう。
――投与の対象になる人はどんな人ですか?
村上 これまでの臨床試験は、アミロイドPETなどでアミロイドβのたまり具合を検査した結果から、軽度認知症や早期アルツハイマーと診断された人が対象です。年齢はひとつの基準になるかもしれませんが、60歳で発症する人もいれば70歳でなる人もいるわけで、基本的に年齢は関係なく、どの段階か、という観点で決められます。
――副作用はありますか?
村上 治験の際、投与量を上げると脳血管が膨らんで脳がむくんだり、脳出血が起きるなどの障害が出る可能性があることがわかっています。
――今後の展開は?
村上 追加の臨床試験が求められていますし、メーカーとしても絶対に失敗できない。なので、先ほど話したような極めて初期の患者など、ものすごく絞り込んでくるでしょうね。
●村上和巳(むらかみ・かずみ)
医療ジャーナリスト。医療のほか、災害・防災、国際紛争などの分野で多くのメディアに寄稿。近著に『二人に一人がガンになる知っておきたい正しい知識と最新治療』(マイナビ新書)。