アニサキスは長さ2~3㎝、半透明の寄生虫。魚を食べた人間の胃壁や腸壁に噛みつき激烈な痛みを伴う食中毒を引き起こす

魚介類に寄生する線虫アニサキス。魚を食べた人間の胃壁や腸壁に噛みつき激烈な痛みを伴う食中毒を引き起こす。しかし、それより厄介なのが「アニサキスアレルギー」で、これになると一生魚が食べられなくなるという。いったいなぜ?

■誰でも予備軍!

アニサキスは、主にサバやアジなどの魚介類を宿主とする寄生虫だ。体長2~3㎝程度でウニョウニョと動き、魚を介してヒトの体内に入ると胃壁や腸壁に噛みつき、強い腹痛や嘔吐(おうと)を伴う食中毒「アニサキス症」を引き起こす。

その症例数は保健所への届け出義務が課されたことも影響し、2007年の6件から、20年には386件まで増加したが、それと同時に、アニサキスを原因とするもうひとつの病、「アニサキスアレルギー」も急増しているという。

アニサキスアレルギーの専門医で、昭和大学病院呼吸器・アレルギー内科講師の鈴木慎太郎氏は、「アニサキスアレルギーに関する全国的な疫学情報はありませんが、私どもの経験では患者数は5年ほど前から急増し、特に30~50代の人が発症しやすい傾向が見られる」という。

ベストセラー『明日の広告』『ファンベース』などで知られるクリエーティブディレクターの佐藤尚之さんは、18年3月にアニサキスアレルギーを発症した。現在も"闘病"を続ける彼が打ち明ける。

「私の場合は、イタ飯屋のサバのマリネにあたりました。食事を終えてから約3時間後、自宅で寝ているときに吐き気を催して目覚め、そのときは『食あたりかな?』くらいに考えていたのですが、さらに1時間ほどたつと急に息苦しくなり、ヒューヒュー、ゼェゼェと異常な呼吸音が連続するようになった。

『これはヤバい!』と思ってタクシーで病院に行くと、血圧は上が60、下が20まで急降下していることが判明。そのとき、私はアナフィラキシーを発症していたんです。医師にアドレナリンを投与してもらい一命は取り留めましたが、一時は徐々に意識が遠ざかるなか、『あぁ、このまま死ぬんだな』と思いました」

アニサキスアレルギーはある日突然、なんの予兆もなく襲ってくるため、専門医の間でも「隠れたテロリスト」と恐れられているという。

その発症の経緯について、鈴木医師がこう語る。

「アニサキスアレルギーは、アニサキスや、それに由来する物質がアレルゲン(原因物質)となります。寿司や刺し身などを介してアレルゲンが侵入するとヒトの体内で抗体(IgE抗体)が作られ、再度、アレルゲンを取り込んだ際に抗体が即時に結合し過敏な免疫反応を示すことで、じんましんやかゆみ、呼吸困難などのアレルギー症状が出てくる。

その発症のメカニズムに関しては、そばアレルギーなどほかの食物アレルギーと基本的には同じです。

ただしアニサキスアレルギーが特徴的なのは、重症化率が高い点。当院の調べでは、患者の60%が意識障害や呼吸不全を伴う重篤なアナフィラキシーを発症しています」

つまりアニサキスアレルギーとは、過去にアニサキスで食中毒になり(アニサキス症)、そのとき抗体を持った人が再度アニサキスを摂取してしまうことで発症する、ということ?

「それは誤解です。アニサキス症は"生きたアニサキス"が原因となって引き起こされる食中毒ですが、アニサキスアレルギーでは、アニサキスの死骸や破片や卵、さらには唾液などの分泌物や排泄(はいせつ)物などもアレルゲンとなります」

なるほど、それで先生は先ほどの説明で「アニサキスや、それに由来する物質」と話していたわけか!

「つまり、アニサキス症の病歴の有無にかかわらず、日常的に魚を食している人なら、知らず知らずのうちにアレルゲンを体内に取り込み、すでに抗体を持っている恐れがある。これまでの症例から、魚をよく食べる人ほどアレルゲンに触れる機会が増えるわけなので、アニサキスアレルギーを発症するリスクが高まるという傾向が見られます」

■魚介ダシもダメ!!

なんとも厄介なアニサキスアレルギーだが、これは治せる病気なのだろうか?

「残念ながら、アレルギーの症状を完全に治す薬は存在せず、"一生付き合わないといけない病"というのが専門医の間での共通した見解です。基本的には、アレルゲンが体内に入らないように魚介類の摂取を徹底的に回避することで発症(再発)を防ぐという方法しかありません」

そのため、患者の目線で言えば「絶望を味わうことになる」と前出の佐藤さんは語る。

「アニサキスアレルギーになると、その後は一生、魚が食べられない人生を歩むことになります。それも生魚だけではありません、焼き魚も煮魚もかまぼこなどの練り物も全部......私のような魚好きの人にとっては"生き地獄"です」

加熱調理してもダメなのか? 鈴木医師が答える。

「加熱や、著しく冷凍すればアニサキスは死ぬので食中毒の発症を防ぐことはできますが、その死骸、破片、分泌物や排泄物に含まれるアレルゲンまでは完全に除去、破壊することはできません。実際、当院の患者さんでも、焼き魚や煮魚、茶わん蒸しでアニサキスアレルギーを発症したという事例が少なくありません」

さらに、佐藤さんは「シラスなどの稚魚から魚卵、白子まで、ありとあらゆる魚介類が食べられなくなる」と声を落とす。サバやマグロなど、アニサキスが寄生しやすい魚だけを避ければいいという話ではないのだ。

その理由はアニサキスの"生態"にあるという。

「アニサキスの成虫は、クジラやイルカなどの胃腸の中にすみ、宿主の排泄物とともにその卵が海に散らばります。卵は海で孵化(ふか)し、幼虫になる。それをオキアミなどが食べ、そこに寄生する。そのオキアミなどをさまざまな魚が食べて、今度はその魚の胃の中に幼虫が寄生します。

この食物連鎖の過程で一度でもアニサキスを体内に取り込んだ魚介類には、アレルゲンが残存している可能性がある。食べられなくなる魚介類が広範囲に及ぶのは、そのためです。カキやウニも、アニサキスの中間宿主ではありませんが、海中に拡散した卵や幼虫を海水ごと吸い込んでいる可能性はあり、100パーセント安全とは言い切れません」(鈴木医師)

わずかな可能性でも、摂取してしまえばアナフィラキシーを再発する恐れがあるため、医師は「極力避けるように」(鈴木医師)と指導し、患者は「どんなに食べたくても、今度は死ぬかもしれないと思ったら口に入れることはできない」(佐藤さん)という。

なんと、食べられなくなるのは魚介類そのものだけではない。

「味噌(みそ)汁やうどん、そば、ラーメンなど、魚介系のダシを使ったあらゆる料理が食べられなくなる。焼き鳥もタレの隠し味に魚介系のダシが使われているケースが多く、基本的にはNG。焼き鳥の塩もタレの焼き鳥と同じ網で焼いていたらダメ。ソースや調味料も魚介ダシを使っている場合は危険です」(佐藤さん)

さらに「魚介エキス」などの調味料や添加物もアレルゲンとなる恐れがあるため、原材料表示や成分表をシビアに確認する必要があるという。

「コンビニ弁当の場合、『サバエキス』などの魚介エキスが使われているケースが大半で、8割方が食べられません。せんべいも、『カツオエキス』を使っている商品が多いため注意が必要です。

厄介なのが、菓子類など広範囲の食品に使用される『チキンエキスパウダー』です。鶏肉由来の添加物と思いきや、原材料に『魚介エキス』が含まれていることがあります。細かく知りたくてメーカーに問い合わせても企業秘密の壁があり、なかなか教えてくれません。

アニサキスアレルギーは、それこそ"ロシアンルーレット"のように、いつ、どこで、どんなアレルゲンに当たるかわからないという怖さがあります」(佐藤さん)

だが、希望がないわけではない。鈴木医師も実践する、減感作療法と呼ばれる治療法にひと筋の光明がある。

「患者の容体を見ながら、少しずつアレルゲンを与えることで、その刺激に体を慣らしてしまおうというのが減感作療法です。具体的には、アレルゲンの負荷が比較的軽いダシを週に1回摂取してもらい、徐々に週2回、3回と頻度を増やしていく。

『ダシは大丈夫』と判断できる状態になれば、同じ要領で、ツナの缶詰→干物→焼き魚といった具合にアレルゲンの負荷を高めていき、最終的には刺し身や寿司を食べられる体にすることを目指します。

当院では、魚をまったく食せなかったところから、焼き魚を食べられるレベルまで症状が改善した患者さんもいます。ただ、完治に至った事例はなく、治療も数十年、場合によっては一生涯に及ぶことも考えられます。

長い道のりですが、現時点ではアニサキスアレルギーを克服しうる唯一の治療法と考え、今後も希望を捨てず、地道に継続していきます」

心から治療法の進歩を祈りたい!

■【アニサキス】とは?
長さ2~3㎝、半透明の寄生虫。最終宿主のクジラの体内で成虫になり産卵する。卵はフンとともに排出され、オキアミに食べられる。オキアミはイカやサバ、カツオなどさまざまな魚介類に食べられ、アニサキスの幼虫はこれらの内臓などに寄生。刺し身などを通してヒトの体に入ると胃壁や腸壁に噛みつき、「アニサキス症」という食中毒を引き起こす

参考/『臨床栄養』第138巻 第2号 別刷