Sクラス以上の上質な運転感覚とパワフルな走りが楽しめる。後輪操舵システムのおかげで取り回しも良好

年内にも欧州で発売開始となるメルセデス・ベンツの新型電気自動車(EV)が大きな話題を呼んでいる。そこで、欧州車に詳しい自動車ジャーナリストの竹花寿実(たけはな・としみ)氏がスイスで試乗を行ない、その出来栄えと実力にガッツリ迫ってきた!

■ベンツの新型EVに約400㎞試乗!

竹花 1年4ヵ月ぶりに海外取材へ行ってきました!

――新型コロナの影響で日本から出られませんでしたからね。ちなみにどちらへ?

竹花 スイスのチューリッヒです。現地のワクチン接種率が上がり感染状況が改善したので、メルセデス・ベンツがコロナ後初となる国際試乗会を開催したんです。

試乗モデルはEQSで、欧州では年内、日本では2022年秋頃に発売される予定の次世代のEVです。メルセデスの電動車に特化したサブブランドである「EQ」における「Sクラス」に相当するモデルで、全長は5mを超える大型のラグジュアリーサルーンです。

――スイスのどのへんを走ったんスか?

竹花 チューリッヒ湖周辺、スイスのアウトバーン、アルプスのワインディングロードなどを丸2日間走りました。距離にして約400㎞です。

メルセデス・ベンツの次世代ラグジュアリーEVサルーンのEQSに、スイス・チューリッヒで試乗する竹花氏

――EQSに試乗した率直な感想は?

竹花 素晴らしかったです。まさにSクラスを名乗るにふさわしい出来栄えでした。

――これまでに日本市場にも導入されたEQCやEQAと同様に、EQSもSクラスがベースなんスか?

竹花 違います。EQSは「MB.EA」と呼ばれる新開発のEV専用モジュラーアーキテクチャーを採用しています。その第1弾がEQSなんです。

――なぜSクラスをベースに開発しなかったんスか?

竹花 それはEV専用設計とすることで多くのメリットがあるからです。EVとICE(内燃エンジン)車では、搭載しているものが違います。ICE車は、エンジン、トランスミッション、ドライブシャフト、燃料タンクなどを、ある程度決まった位置に搭載しなければなりません。

しかし、EVは電気モーターさえ駆動輪の近くに配置すれば、バッテリーはどこに積んでもいい。もちろん燃料タンクも不要です。

メルセデス・ベンツ「EQS」発売:2022年秋日本に導入予定、最大航続距離:780㎞。今回試乗したEQS450+は、ヨーロッパ市場では10万ユーロ(約1300万円)ぐらいで発売される見込み
後席空間はまさにSクラス並みの広さを実現。ラゲッジとの仕切りはないが、徹底的にノイズ対策が施されている
5216㎜の全長はSクラスの標準ボディとほぼ同じ。3210㎜のホイールベースはSクラスのロング並みだ

――つまり、ICE車がベースだと、EVとしては非効率な設計になってしまうと?

竹花 そのとおり。EVにはEVの理想的なパッケージングがあるわけです。例えば衝突安全性の点でも、EVは乗員保護に加え、バッテリーの破損を防ぐための構造が必要です。そのため、強化するポイントやクラッシャブルゾーンの設計が大きく異なるのです。ICE車がベースだと、EVとしては妥協しなければならない部分が多くなる。

――要するにメルセデスは、EQSでEVの理想を徹底追求したと?

竹花 はい。「最善か無か」というメルセデスの哲学そのものを体現しています。やはりSクラスを名乗る上で、そこは譲れない部分だったのだと思います。結果、EQSは107.8kWhもの大きなリチウムイオンバッテリーをフロア下に搭載して、WLTCで最大780㎞もの航続距離を達成しました。

――東京から大阪まで余裕で行けますね!

竹花 普段使いならバッテリー残量をまったく気にする必要はありません。

――EQSのインパネも未来感がハンパないス!

竹花 コレは「MBUX(メルセデス・ベンツ・ユーザー・エクスペリエンス)ハイパースクリーン」という、最新のインパネです。ドライバーの正面が12.3インチ、中央は17.7インチ、助手席正面は12.3インチ。この3つのディスプレイを幅140㎝ものゴリラガラスで覆って一体化させています。

インパネ全体を覆うMBUXハイパースクリーンは驚きの完成度。世界中のメーカーがベンチマークするはずだ
EQSのエクステリアは、「ワン・ボウ(ひと張りの弓)」と呼ばれる、ファストバックデザインが特徴

――ふむふむ。

竹花 システム自体もAIによる高度な学習機能を備えており、必要な機能を必要なときに大画面に表示してくれるので、抜群に使いやすい。デジタル統合型のインフォテインメントシステムとして、現時点で世界最高の完成度だと思います。

――走りはどうでした?

竹花 今回はEQS450+という後輪駆動モデルをメインに試乗したのですが、走りだした直後から、ステアリングフィールや乗り心地にSクラスと同様か、それ以上の上質さが感じられました。運転感覚はSクラスにとてもよく似ていて、EVであることを特に感じさせない味つけになっていました。

――EVだけに加速もスゴい?

竹花 アクセルペダルを深く踏み込めば、最高出力が333PS、最大トルクは568Nmもあるので、加速はとてもパワフルです。しかも低速域から大トルクを発生するので、クルマの動きがとても軽く、2480㎏というヘビー級の車重を忘れるほどです。乗り心地も標準で備わる電子制御エアサスペンションのおかげで抜群にイイです。

――ほおほお。

竹花 また、Cd値0.20という、量産車過去最高のエアロダイナミクスが、風切り音を驚異的に低減しており、高速走行時でもかつて体験したことがない静寂な移動空間を実現しています。

ちなみにエアロダイナミクスは、開発陣がこだわった部分のひとつで、ドアミラーの形状を決めるためだけに200時間以上も風洞実験を敢行! EQSはメルセデスの渾身(こんしん)作ですよ。

■EQSは完全にテスラを超えた

――そういえば、メルセデスは2030年に全車電動化宣言をブチ上げましたね。

竹花 実は私がチューリッヒにいた7月22日にオンラインイベントで全車電動化宣言がアナウンスされました。

――なぜメルセデスはそんなに電動化を急いでいる?

竹花 彼らは2019年に、「アンビション2039」というサステイナビリティ戦略を発表しており、そこで「2039年までに販売する乗用車のCO2排出量を実質ゼロにする」と明言し、30年までに新車の50%以上をEV、またはPHEV(プラグインハイブリッド)とする目標を掲げました。

しかし、その後、社会状況が大きく変化し、ICEへの風当たりが予想以上に強くなった。そこでメルセデスは「30年にはEV専業メーカーとなることを目指す」と目標をさらに引き上げたわけです。

――メルセデスの電動化戦略は本気なんスか?

竹花 今回の宣言は、「市場環境が許せば」という注釈がついています。現実問題として、30年の段階でEVだけで自動車ビジネスが成立する市場が世界にどれだけあるのか疑問が残ります。

――なら、いったいどこに向けた宣言なんスかね?

竹花 今回の宣言は、どちらかというと投資家向けにアピールしたという側面が強いのかなと。

――とはいえ、メルセデスが電動化を進めているのは事実なんですよね?

竹花 はい。メルセデスは今後3種類のEV専用モジュラーアーキテクチャーを用意し、2025年以降のニューモデルはすべてEVにする計画を進めています。24年には、あのGクラスのEV版が登場する予定です。

――メルセデスは着々とEV化の準備を進めていると。ちなみに現在、EVの世界シェアトップはテスラです。今年4~6月に前年同期の約10倍、四半期としては過去最高となる11億4200万ドル(約1260億円)もの純利益を達成しました。ズバリ、メルセデスのEVは絶対王者テスラの牙城を崩せる?

竹花 メルセデスはプレミアムブランドで、テスラと完全に競合するわけではありませんが、今回試乗したEQSを見るかぎり、走りはもちろんのこと、OTA(オーバー・ジ・エア)によるソフトウエアアップデート、レベル3の自動運転への対応など、先進性の点でもEVとしての商品力はテスラを完全に超えたなと。しかも、これから続々と新型EVが登場しますし。

――なるほど。

竹花 これまで一歩先を走っていたテスラも、130年前に自動車を発明した盟主メルセデス・ベンツの底力に、戦々恐々としていると思いますよ。

プレミアムEVセダン・テスラ「モデルS」発売:2014年6月、価格:1169万9000~1599万9000円、最大続距離:652㎞。EV界の絶対王者であるテスラのフラグシップセダンがこのモデルSだ。加速はマジで鬼。ちなみに納期は来年末とか
メーターはオール液晶。センターに位置する17インチのタッチスクリーンはド迫力!
ファルコンウイングドア採用・テスラ「モデルX」発売日:2016年9月、価格:1269万9000~1499万9000円、最大航続距離:580㎞。モデルXはモデルSをベースに開発されたSUVである。5人、6人、7人乗りがある。コチラも納期は1年以上かかる
インパネの中央に鎮座する17インチのタッチスクリーン。エアコン含め多くの機能をココに集約

●竹花寿実(たけはな・としみ)
自動車ジャーナリスト。自動車雑誌の編集者などを経て2010年に渡独。ドイツ語を駆使し、現地で自動車ジャーナリストとして活躍。現在、活動拠点を日本に移してドイツの自動車メーカーの最新動向、交通政策などを発信中。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員