HMVレコードショップ渋谷には名盤・レア盤といった従来の売れ筋レコードと、アニメやドラマのサントラなど今どきの売れ筋がそろい、10代から60代まで幅広い客層が訪れている
盤に針を落とし、音楽の世界に浸る。そんなレコードならではの魅力は、デジタルの手軽さに慣れた今の若者には興味を持たれにくいものだと思われていた。

しかし、今やレコード文化は昭和世代だけでなく、徐々に若者世代にもその人気が拡大しているという。都心から郊外、そして全国へと裾野を広げるレコードブームの実態に迫った。

■アニソンも売れるレコードブームの今

かつてCDに取って代わられたアナログレコードの人気が、本格的に復活している。

一般社団法人日本レコード協会の調査によると、1976年に約2億枚だった国内のレコード生産数は2009年には約10万枚にまで減少。一度は消滅の危機に瀕(ひん)したが、そこから徐々に増加に転じ、2017年には16年ぶりに100万枚を突破。昨今では新曲をレコードでも発売するアーティストが増え、現在に至るまで一過性のブームとはいえない盛り上がりを見せている。音楽配信サービス(サブスク)の台頭に脅かされ、生産数が減少し続けているCDとは対照的だ。

こうしたレコード人気の復活を支えているのは、一部の音楽好きや懐かしさを求める中高年だけではないという。

アナログレコードを中心に扱う「HMVレコードショップ渋谷」の店長・野見山実さんがこう語る。

「以前ならレコードを買いに来るお客さまは名盤やレア盤を求めていましたが、最近ではより幅広いジャンルのレコードが売れるようになりました。例えば面白いところだと、アニメ『ドラゴンボール』やドラマ『孤独のグルメ』のサウンドトラック盤などがよく売れていますね」

タイトル:『テレビまんが「ドラゴンボール」ヒット曲集』 アーティスト:V.A カタログ番号:HMJA-140

タイトル:『ヒストリー・オブ・孤独のグルメ season1~8』 アーティスト:The Screen Tones カタログ番号:HRLP232
売れるレコードのジャンルとともに、店を訪れる客層も多様になった。

「もともとは40代から60代の昭和世代がメインの客層でした。ですが最近では、10代、20代の方が多く来店するようになり、今では全体の3割ほどに上ります。同時にレコードプレイヤーも数千円から1万円くらいのエントリーモデルが多く売れるようになっています」

実際、同店を訪れた20代に話を聞いてみると、

「レコードプレイヤーにこだわりはなく、すごく安いやつを使っています。部屋も狭いからこれで十分。それでも針を落として音が鳴ると感動しますね」(24歳・配達員)

「スピーカー付きの安いものを使っているけど満足です。生っぽいサウンドが気持ちいいし、音楽を聴くためにわざわざ何かをするのが新鮮な感覚なんです」(22歳・シンガー・ソングライター)

「ジャケットのクレジットを見て、『この人がギターを弾いているんだ』と知るみたいに、デジタルでなんとなく聴いているだけではわからなかったことを教えてもらえるのも楽しい」(25歳・会社員)

今や月額制の音楽配信サービスや動画配信サイトなどで手軽に昔の曲を聴くことができる時代。にもかかわらず、一見めんどくさいレコードならではの特徴に、魅力や新鮮味を見いだしている若者の声が多かった。

若者のレコード人気を支えているのは、数千円で買えるレコードプレイヤー。彼らは音質よりも新鮮な体験を求めているのだ

2013年にオープンした東京・新宿の「ディスクユニオン昭和歌謡館」でも、最近は若者の姿が目立つようになったと話すのは店長の篠木賢治さん。

「オープン当初に比べると、若い世代のお客さまが10倍くらいに増えています。それこそ高校生のふたり組が昭和歌謡のレコードを買いに来る光景も珍しいものではなくなってきました。おそらく近年の昭和リバイバルブームが影響しているのでしょう」

もともと昭和歌謡ファンの交流の場としてオープンした「ディスクユニオン昭和歌謡館」にも、今や若者世代の客が多く訪れるように

実際、音楽サブスクなどを通じて、山下達郎や大滝詠一、竹内まりやといった1980年代のシティ・ポップが今の若者に新鮮なものとして再注目されるようにもなっている。

「そんな昭和文化に惹(ひ)かれた若者が、当時と同じ聴き方で体験してみたいとレコードを買うようになったのだと思います。だから、音質へのこだわりなどではなく、あくまでも音楽を含めた往年のカルチャーを追体験するツールとして求められているんです」

■地方でもレコード需要が拡大

レコード人気はもはや都市部だけのものでもない。2020年4月からレコードの取り扱いを本格的に開始したリユースショップ「ブックオフ」のレコード担当・岩崎敏克さんは、次のように語る。

「ブックオフでは数年前から、CD買い取りの際に一緒に買い取ってほしいと、不要なレコードを持ち込むお客さまが増えていました。しかも、長年レコードに親しんできたシニア世代だけでなく、若い世代のお客さまからもあった。そういった声に応えるべく、レコードの取り扱いを始めたところ、想定を超える反響をいただきました」

レコードを扱うショップは増え続け、昨年からは大手リユースショップのブックオフも本格的にレコードの取り扱いを始めた

特に地方のロードサイド店での売り上げが好調で、「これは当社にとっても意外だった」と岩崎さんは言う。

当初は17の直営店からレコードの取り扱いを始めたが、今年8月5日時点で取扱店は全国183店に上った。わずか1年4ヵ月で10倍と急拡大しているのだ。

「ブームが浸透し、地方のお客さまもカジュアルにレコードを求めるようになったということだと思います。現在は取扱店舗数を増やすほど、グループ全体でレコードの売り上げも伸びている状態です。当社で主に扱っているのは流通数の多いポップスや歌謡曲なので、初めてレコードを手に取る若い世代のお客さまにとって、音楽への入り口のような存在になっていきたいです」

■若者の音楽需要を底上げした黒船

レコードに惹かれる若者は都心の音楽好き、カルチャー好きだけに限らず、全国に広がっている。では、なぜここまで急速に広がっていったのか。その理由を伺うため、60年以上にわたりレコード製造業を続け、現在のブームの立役者ともなった「東洋化成」に話を聞いた。

「きっかけは2015年に『Apple Music』が日本に上陸したことです。定額制の音楽配信サービス時代の幕開けを感じて、社内でも『これで東洋化成は終わりだ』と話していました。月980円で世界中の音楽が聴き放題になったら、一枚数千円のレコードが売れることはもうないと。ですが、その頃からレコードの生産枚数が顕著に伸びるようになったのです」

そう語ってくれたのは、東洋化成でレコード文化の普及に努める本根(ほんね)誠さん。なぜ、予想と反対にレコード需要は伸びていったのか。

「定額制サービスがネット上の試聴機のような役割を果たしたのだと思います。従来はテレビや雑誌、ラジオといったメディアを介して音楽はユーザーに届けられていました。しかし、定額制サービスは膨大な量の音楽に直接アクセスを可能にした。つまり、ユーザーの数だけ音楽の多様な聴き方が生まれたのです」

それは音楽に興味を持つ若者の数を底上げした。

「若者にとって、さまざまな音楽を聴くことが日常的なものになった結果、ファンとしての支持や愛着の表明はアナログで、というすみ分けも生まれました。アーティストも単価の高いレコードを買ってくれたほうがうれしいので、この流れを積極的に後押しした。そういったユーザー、アーティスト双方の意向が合致し、レコードブームは若者へと広がっていったのです」

他社が次々と撤退するなか、東洋化成は数年前まで「日本唯一のプレス工場」としてレコード文化を守り続けてきた。そんな同社は今、ブームの中心にいる
こうした傾向は世界的なものでもあるが、日本ならではの特徴として、「ジャケットのデザインに対するこだわりの強さ」も大きく影響した。

「日本人は丁寧に作られたきれいなものを評価する文化があり、レコード自体を『モノとしてカッコいい』と買う若者がたくさんいます。これはかなりレコード需要の拡大にひと役買っており、海外のレコードショップの人たちにうらやましがられるほどです。若者の間では"ジャケ買い"も珍しいものではなくなっていて、音楽の中身を知らなくても、インスタグラムなどのSNSに掲載されたデザインに興味を惹かれて、実際にレコードを買う人も増えています」

ファンアイテムとして、また、おしゃれなアイテムとしてなど、いくつもの要因が重なり、若者の間でブームの裾野が広がったレコード。

「レコードは音楽を体験するのに最適な媒体。その魅力に触れる若者が増えていけば、音楽という文化全体が活性化されていく」と本根さんは言う。東洋化成でもレコード生産受注数は今も伸び続けているそうで、今後もブームが衰える様子はなさそうだ。