ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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ライターとして参加させてもらっている「デイリーポータルZ」というWEBサイトが、なんと19周年を迎えるということで、その記念企画に参加させてもらった。
内容は、ライターたちがリレー形式で東京ドームから金町駅までのおよそ19kmを歩き、その様子をWEBで生配信するというもの。僕の担当はその一部、葛飾区にある四ツ木駅から中川にかかる「高砂橋」までの約3kmだ。
葛飾区といえば、生粋の練馬っ子であり、そして酒好きである僕からすれば、あこがれの下町エリア。四ツ木にも何度か飲みに行ったことがあり、大好きな店もあるけれど、コロナのことがあってもう2年近くは訪れていなかったんじゃないだろうか。
僕は仕事でどこかの街へ出かけることになった場合、できるだけ早めに現地へ行き、その街ならではの店を見つけて軽く飲むことを常に心がけている。仕事前に酒なんて飲んでいいのか? と思われる方がいるかもしれないが、僕の仕事はそもそも酒を飲むことなので、1、2杯くらいいいんです。
ただ、集合時間がまっ昼間の14時だ。まだ開いてる酒場は多くないだろう。そこで思い出した。前に友達から、四ツ木駅から徒歩15分くらいの住宅街のなかにぽつんと、味のある酒屋兼商店があって、その店内で酒が飲めると聞いた気がする。いわゆる角打ちというやつだ。調べてみると「せきや商店」という店らしい。いい機会だから行ってみることにしよう。
初秋の心地よい空気をぞんぶんに堪能しつつ、ぶらぶらと15分ほど歩くと、想像以上に味わい深い店構えの目的地が見えてきた。
薄暗い店内へ入る。右側にカウンターがあり、日本酒や洋酒の瓶が並んでいる。左側は"雑然"の見本のようなエリアで、手前に菓子パン類などが少し。缶ものの酒が並ぶ冷蔵ケースもあり、奥には長テーブルと椅子のスペース。ところどころに置かれた私物が、民家と商店の中間地点的空気感を作りだしている。
そのテーブル席で、失礼ながら「かわいいおばあちゃん」と表現したくなる女将さんと思しき方が、完全なる日常モードで休憩しておられた。
「あの......」と声をかけると、突然の来客にまったく驚いたというような顔で「あら、なにかご用でしょうか?」。そこで、「こちらでお酒を飲めたりすると聞いたんですが、今日はお休みですか?」と聞くと、「あら、大丈夫ですよ。今電気をつけますからね」と、なんだか面倒を持ちこんだようで申し訳ない気持ちになりながらも、無事対応してもらうことができた。
「ただね、今日はもうお料理がないんですよ。残ってるのはこれだけで」。開けて見せてくれた大きな発泡スチロールのケースには、アジの開きの焼いたのと、いかにも手作りのおむすびがひとつずつ。なるほど、もっと早ければ手作りのつまみがいろいろあったのかもしれない。
なにか乾きもので一杯やれたらくらいに思っていたけど、今日はなんとかかんとか仕事を片づけてあわててこの街にやってきたので、まだ昼ごはんを食べていない。そんな状況に、あまりにもちょうどいいセット! 無論、両方もらうことにした。
女将さんはそれらを僕に渡すと、「なんでも好きにとってくださいね。じゃあ、ごゆっくり」と言って、居住スペースらしきカウンターの奥へと去っていってしまった。
僕の定番、タカラ「焼酎ハイボール」のレモンをひとつ冷蔵庫から持ってきて椅子に座り、ぷしゅりと開けてひと口。適度な散歩のあとの体によ〜く染みる。
続いて、ガサゴソとアジとおむすびのつつみを開け、黙々と食べはじめる。
アジは当然冷めているものの、ふっくらと肉厚でうまい。骨のまわりをほじくりほじくり、ちびちびとつまんでは酎ハイをごくり。家だとちょっと面倒に感じてあまり焼き魚なんてしないし、こんなふうにアジの干物ときちんと向き合ったのなんて、いつ以来だろうか。
ぽってりと丸く、重量感のあるおむすびの具は、梅干しだ。みっしりにぎられたごはんは優しくも食べごたえがあり、アジと交互に食べると、そりゃあもうたまらない。
店内には僕ひとり。ただただ静かな時間が流れ、なんだか無性に、子供時代に祖母が作ってくれたごはんのことなど思い出してしまう。そして、それをつまみに見知らぬ場所で酒を飲んでいるシチュエーションがまた、楽しかった。