ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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某媒体で、東京で富士吉田名物「吉田のうどん」を出す「手打ちうどん 力丸」の取材記事を書くにあたり、しばらくの間頻繁に、店のある練馬区の富士見台という街に通っていた。
今日もうどんを食べに行くぞと出かけていくと、うっかり定休日。が、「ちくしょー! 無駄足だった......」などと落ち込む気持ちになったりしないのは、自分の性格の便利なところかもしれない。
というのも、飲み食いに意地汚い僕。「力丸へはまた明日来ればいいや。それよりも、じゃあどこでごはんを食べよう!?」と、瞬時に脳が勝手に舵を切ってくれるので。
そこで思い出したのが、同じ商店街にある「純華」という渋い町中華の存在。何度か前を通り気になっていたのだ。やった! あそこに行けるじゃん!
詳しくは僕の最新エッセイ集『つつまし酒 あのころ、父と食べた銀将のラーメン』にも書いたけど、最近の僕は、こういった昔ながらの中華屋に対する思いが高まりきっている。可能であれば、日本全国すべての店に行ってみたい。初めての町中華へ入り、メニューを吟味し、飲んで食べられる喜び。あぁ、たまらない。
のれんをくぐり、扉を開けると、店内は想像よりずっと広く、最深部には例のあの、くるくる回る円卓席まである。調理人もふたりいて、さらに女将さんと思われるおばあさまも豪快にカツを揚げたりしている。活気のある店だ。
いろいろと気になるメニューはあるけれど、今日は店に入る前にすでに心が決まってしまっていた。表の立て看板にあった、日替わりサービス品の「マーボーナスイタメライス」。その全カタカナ表記に妙にそそられる。通常850円のところ、750円。
え〜い、100円お得なぶん生ビールも頼んじゃえ! 僕のような酒飲みは、常にこうして、酒を飲む口実を探しているのだった。
細切りの食感が楽しいザーサイをつまみに、まずはずっしりと重たい生ビールをぐいーっ! ......ぷはぁ、今日も最高。
すぐに「マーボーナスイタメライス」もやってきた。内容はマーボーナスイタメ、白メシ、スープ、きゅうりと大根のお新子に、嬉しいミニ冷奴。
大皿にたっぷりのマーボーナスイタメの、茶色く、てらてらと油で輝く威容が頼もしい。がさっと箸でつかみ、大口でほおばる。ガツンと濃いめの味つけ、容赦ない量の油、それらを包み込んで逃がさないとろとろの餡。白メシ、ビールと続ければ、全身の細胞が活性化しだし、脳の幸福中枢が満たされてゆくのがはっきりと実感できる。
すっかり飲食店の標準装備になったアクリル板のせいもあり、コロナ禍の外食には、どこか"コックピット感"がある気がする。もしくは"味集中カウンター感"か。ひとり静かに、黙々と、目の前の食事と酒に集中する。普通に外食ができるありがたさ、飲食店で酒が飲めるありがたさを噛み締めながら。
あらためて、かつては当たり前だったそんな庶民の喜びが、この先もずっと味わえる世の中であってほしいなぁと思う。