『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、市川紗椰が驚いた原始的なスパイ技術について語る。
* * *
最近、米海軍の技術者夫婦が機密漏洩(ろうえい)で逮捕されたというニュースが。驚くのは受け渡しの方法で、機密の入ったSDカードをピーナツバターのサンドイッチに挟んでいたとか。「なんたるローテク」と思いきや、機密解除されたCIA等の文書の中には、原始的なスパイ技術がたくさん記されていました。
まずは、冷戦時にCIAが使った「Operation Lying Doggo(寝ているワンコ作戦)」。オフィシャルの名前が「犬」ではなく「ワンコ」にあたるDoggoなのもさることながら、作戦内容も嘘みたいな話です。
舞台はモスクワのアメリカ大使館。ここに住む夫婦にけむくじゃらの大型犬を飼わせ、そっくりな人形をカツラ職人に作らせました。夫婦には頻繁に犬を後部座席に乗せて大使館を出入りさせ、ロシア人ガードマンに犬の存在を慣れさせたそう。極秘に人を行き来させたいときは犬の人形をかぶってもらい、怪しまれずに脱出。トロイの木馬ならぬ、ワンコのコスプレ。これがアリなら、肩車した子供たちがロングコートを着て、大人の映画館に忍び込むマンガのあれも実現できるかも。
同じ時代から、「Jack in the Box(びっくり箱作戦)」。走っている車から気づかれずに脱出するために、ある仕掛けの入ったバッグが用意されました。脱出者が飛び降りると、バッグの中から空気で膨らむビニール人形が飛び出し、乗車人数のシルエットは減らずに脱出成功。ツッコミどころ満載ですが、この作戦は何度も成功したそう。降りるのは必ず急な右折がふたつ続く場所だったり、計算はされていたようですが、空気人形って。アナログにも程がある。
同じく、ネズミの死骸に受け渡したい物を入れて路上に置いたり(ほかの動物に持っていかれないようにタバスコに漬けてた手作り感もなかなか)、偽物の岩に物を入れて玄関周りに置いたり(合鍵かよ)と、オールドスクールな手法がたくさん。
ハイテクな問題にローテクな解決法も。東ドイツの秘密警察は、盗聴器対策として会議室の家具をスケルトン素材にしたそう。以前、スケルトンのイスを予想以上にいいお値段で買い取ってもらえたことがありますが、「秘密結社の間で需要があるからなんだ」と謎が解けました。
メールのローテク化も印象的。ネット回線を通ると足がつくので、メールは送信せずに下書きフォルダに。パスワードなどを事前に共有した相手は、アカウントに定期的にアクセスして下書き保存されたメールを読みます。この方法は、タリバンをはじめとする組織のほか、CIAのお偉いさんも不倫に利用していたそう。しかもフリーメールのアカウントで。さすがにアドレスは、taliban@hotmail.comとかではなかったでしょうけど。
私も、足跡をつけずに連絡を取り合う手段を考えてみました。まず自分の携帯にひもづけられているスタバカードを相手に渡しておきます。落ち合いたいときに相手はそのスタバカードを使い、利用履歴を確認した私は事前に決めた場所で合流! これが難しければ、シェパードの着ぐるみを着て最寄りのドッグランをうろうろします。
●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。CIAが開示した不可視インクのレシピを試したけど、文字はしっかり見えてしまった。公式Instagram【@sayaichikawa.official】