ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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2015年のこと、群馬県の前橋市で行われるDJイベントに、ゲストとして声をかけてもらう機会があった。大衆酒場で飲むのが大好きになってからしっかりと群馬県を訪れるのは初めてだったので、イベントはもちろん、地元の酒場で飲むのもすごく楽しみに、現地へと向かった。
そのイベントで出会ったのが、岡さんという男性。セットアップのスーツにツーブロックヘアをビシッと決め、ただものじゃない雰囲気を漂わせている。が、話してみるととても気さくで、かつ渋い大衆酒場が大好きだということで、話が盛り上がった。その流れで、「ちょっとだけイベントを抜けて、地元の酒場で飲みませんか?」と誘ってもらい、ふたつ返事でついていくことに。
岡さんの案内でたどり着いたのは、とても僕ひとりだったら発見することができなかったであろう雰囲気のある飲み屋街、「呑龍飲食店街」。そのなかの、優しいママが営む小さなカウンター酒場「由多加」という店でしばし飲ませてもらい、僕の群馬での思い出はこの上ないものになったのだった
(ご興味があれば、当時書いたその時の記録をどうぞ)。
その岡さん、後に前橋の市議会議員となり、地元を盛り上げるための活動を精力的に行われている。そしてこの11月、なんと、飲み友達のスズキナオさんと僕で始めた「チェアリング」(アウトドア用の折りたたみ椅子だけを持って外に出て、公園や水辺など好きな場所に置いて、ひとときだらだらするだけというアクティビティ)をメインとした「チェアリング in MAESOU」というイベントが群馬県で開催されることになり、岡さんを通じ、トークゲストとして声をかけてもらった。また群馬県に行って岡さんと会えるなんて、なんと嬉しいことだろう。
会場は前橋市にある「前橋総合運動公園」。僕の家からは石神井公園、池袋、赤羽と乗り換え、JR高崎線で高崎まで行き、そこから両毛線に乗ると、会場最寄りの駒形駅まで行けるらしい。「出演時間の13時に間に合うように来てもらえたら」ということだったが、遠足を待ちきれない子供のようにわくわくしていた僕は、朝5時半に家を出た。
乗り換えはスムーズに進み、赤羽から高崎線に乗ってしまえば、約1時間40分で高崎に到着するらしい。そこでふと、「グリーン車はないのかな?」と探してみると、ホームに発券機がある! 料金はプラス800円。これに乗らない手はないだろう。もちろん売店で酒とつまみも買い求め、突然の旅行気分を高める。
小さなパックの「つくね」をゆっくり噛みしめ、ちびちびと水割りを飲んで、朝が早かったのでちょっと目をつむっていたら、もう高崎駅。あわてて荷物をまとめて電車を降りた僕の目に、たまらない光景が飛びこんできた。なんと、降りたホームにあまりにもかわいらしい立ち食いそばスタンドが!
店は「第5売店」というらしく、寡黙なおばちゃんがひとりで切り盛りしているよう。のれんを模したデザインの看板に「うどん そば」の文字がはためき、その横には「旅の味」とある。旅の味、今日の僕にとって、朝ごはんを食べるのにこれ以上の店があるだろうか?
推しであるらしい「舞茸天そば」や「キノコちくわ天そば」もいいし、「カレーライス」も食べてみたい。が、その横に「朝得セット」なる文字を見つけてしまった。午前11時までの限定品で、「得」。もう他は選べない。
内容は、あげだま、ほうれん草、わかめ、ねぎ、生玉子がのったそばと、お新香つきの小ライス。ふだんの僕の食事量から考えるとちょっとボリュームが多いけど、旅先の朝というのは無性に食欲が湧くものだ。いける!
朝得セットはあっという間にやってきた。ひんやりとした朝の空気と、丼から立ちのぼるだしの香りが、あまりにも今の気分にハマる。
まずは静かにつゆをすする。うん、店のイメージどおりの優しい味だ。次に福神漬け風の漬物をぽりりと噛んで、白メシをはふはふ。はぁ~......癒される......。
ところで僕は、実はそばのつゆに生玉子を浮かべる「月見」スタイルに対しては懐疑派という立場をとっている。玉子を割ると味がぼやける、つゆがにごる、最終的につゆをぜんぶ飲み切らないと玉子をちゃんと食べきったか確証が持てない、などの理由からだ。ではなぜ頼んだか?
実はメニューを見た瞬間、ある作戦を思いついていたからだ。
作戦とはこう。生玉子は割る前に、少しのつゆもろともざばっとごはんの上にかけてしまう。しかも、すでにぐずぐずになり始めているあげだまもなるべく一緒に。そうすることにより朝得セットは、「ほうれん草わかめねぎそば」と、パリッコ特製「朝得丼」の組み合わせに進化するというわけだ。
ざくざくとしたねぎや野菜たちとともにずるずるすするそばがうまい! つゆの染みたあげだまが味のポイントな玉子かけごはんも、脳がシビれるほどうまい! そのローテーションに旅情という最高のスパイスが加われば、これはもう、決して日常生活のなかでは簡単に味わえない、至高の朝ごはんだ!
ところで、看板の「旅の味」の文字。日常的にこの駅を使っている人たちにとっては、どう映っているんだろうか。なんてことを考えながら、旅の人である僕は、ふたたび目的地へと急ぐのだった。