ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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この「ハマりメシ」も含めた新しい連載が、昨年の末から1月にかけていくつか始まった。また、長く続いた緊急事態宣言が明けた昨年の10月以降、久しぶりに酒場の取材やオンラインではないイベントが様子を見ながらならば企画できそうだぞということで、イレギュラーな単発仕事の依頼も複数いただいた。
どちらもものすごくありがたいことで、ひとつひとつには本当にやりがいや楽しさを感じる。ただ、僕の仕事は酒場ライター。コロナの影響で、その前の1年半ほどは「ヒマ」と言ってしまってもいいくらいのんびりと仕事をしていたので、しばらくはペースがつかめず余裕がなかった。ひーひー言いながら目の前の締め切りをこなしていくのがやっと。
そんな山もなんとか超え、新しく加わった連載のペースもつかめてきて、この2週間ほど、こんどは完全にふぬけている。やらなきゃいけないことはいろいろあるのに、どうも重い腰を上げるのに時間がかかるし、ふと気づけば天井を見つめ、小一時間ぼーっとしていたりする。
これじゃあいけない。なにかこう、がツンと刺激のあるものでも食べて、脳を揺さぶり起こしてやりたい。ぶったるんだ日常に景気づけがしたい。そんな気持ちで、用事があって訪れた池袋の街を歩いていた。
そうだ。久々に辛くてしょっぱい本場の中華料理でも食ってくか!
池袋駅の北口一帯は、横浜や神戸とはまた違った雰囲気の、自然発生的にそうなったであろう、プチ中華街と化している。どの店に入っても客は日本人より中国人が多く、飛び交う言葉も中国語。メニュー表記に「円」がある以外は要素がほぼ中国で、そこへ飛びこむ異邦人感覚が楽しい。
そういえば、中華スーパー「友誼食府」が入っているビルの2階に新しいフードコートができたらしく、行ってみたかったんだよな。定番の「知音食堂」や「永利」も捨てがたいし......なんて考えながら、ひとしきり散策してみることにした。
中華街といったってそんなに規模は大きくなく、10分ほどでぐるりとひと回りできる。なかでも、一度も入ったことのない「逸品火鍋」という店のランチメニューが見ごたえ抜群だった。
「マーボー豆腐」「豚肉細切りの甘辛炒め」「エビチリソース」「エビと五目野菜炒め」「黒酢酢豚」「若鶏の唐揚げ」「ナスの醤油炒め」「牛肉とピーマンの細切り炒め」「五目チャーハン」「高菜チャーハン」「タンタン麺」「高菜ラーメン」、以上12種類の定番ランチが全品780円。「中華惣菜」「和え物」「野菜サラダ」「味付け玉子」「杏仁豆腐」「スープ」など10品と、ごはんが食べ放題だそう。さらに、ここには書ききれないけれど、月から金曜まで、それぞれ7種類の日替わりランチまで用意されていて、選択肢の広さとお得さが今日見た店のなかで際立っている。よし、ここにしてみるか。
エレベーターで上りながらも、僕の心は決まっていた。日本人向けでない、本気の麻婆豆腐が食べたかった。店内に入り、案内された席につくなり迷いなく注文。中華料理にはやっぱり「青島ビール」! と思ってたんだけど、量と値段を考えるとそちらのほうが若干お得だった「ザ・モルツ」の中瓶(560円)も合わせて。
すぐにビールが届き、料理が来るまでちびちびと勿体つけながら飲んで待つ......必要はない! そう、この店には食べ放題のサイドメニューがあるのだ。バイキングコーナーを見に行ってみると、時間が昼どきをけっこう過ぎてしまっていたこともあり、何品かは品切れのようだけど、それでもじゅうぶんすぎるほどの魅力的な料理たちがとり放題だった。
具沢山の玉子スープに、ゆでピーナッツと野菜のあえもの、豚ハツらしきと野菜のあえもの、ザーサイのあえもの。どれも中華スパイス風味が効いた非日常の味で楽しい。ふわりと八角の香る煮玉子が食べ放題なのも嬉しすぎる。
それから真っ赤な豆腐料理。うひょーうまそうー! と、なにも考えずにとってきたけど、これ、どう見ても麻婆豆腐だよな。これからやってくる定食の麻婆豆腐とは、なにか違うんだろうか? とりあえずビールがすすむし、まぁ、今は深く考えなくてもいいか。
やがてメインの麻婆豆腐定食がやってきた。やってきたのはいいんだけど、定食にスープがついている。どう見ても、僕がさっきよそってきたのと同じものだ。そうか、あのスープは「食べたければおかわりをする」ものであって、いきなりよそってくるもんじゃなかったのか。結果、僕のテーブル上は、なんとも珍妙、かつまぬけな事態になってしまった。
盆の内と外、それぞれに同じスープがある。麻婆豆腐もある。なんだか間違い探しみたいだ。気になる麻婆豆腐も、食べ比べてみたところ、僕のバカ舌で判断する限りは同じもののようだった。強いて言えば、熱々か冷めているかの違いが楽しめる。
まぁ、いいか。とにかく、メインディッシュタイムだ!
熱々の麻婆豆腐をれんげですくい、ばくりとほおばる。しっかりとオイリーで容赦なくしょっぱく、これぞ池袋中華街の味! と嬉しくなってしまう。ただ、真っ赤な見た目ほど辛味は強くなく、なんなら「辛めで」とお願いしても良かったかもな。
すかさず白米。しばらくはそのループ。っくぅ〜.....エクスタシーすら感じる食体験だなこれは。麻婆豆腐&ライス、気持ちいい! そこでごくんとビールを飲む。頭のなかにぼんやりとかかっていたもやがすーっと晴れていくようだ。
間に挟む中華惣菜がまた白メシと合う。なんならおかずがこれだけでもいいくらいだ。というか、バイキングに麻婆豆腐があるなら、メインは麻婆以外でも良かったよな。いや、バイキングに毎日麻婆があるとは限らない。次回は(また来ることはすでに決まっている)、店に入ったらまずバイキングコーナーをチラ見。そこにあるおかずの構成によって、メインのランチを決める方針にしよう。とにかくメニューが膨大な店。組み合わせは無限だ。
麻婆豆腐と白米は、交互に食べるか丼にしてしまうかで、味わいが驚くほど変わる。ちなみに僕の好みは、交互。そのほうが味の解像度がパッキリと高く感じられる気がする。だけど、やっぱり最後はごはんにぶっかけてしまう。だって、そっちもそっちで味わいたいじゃないですか。
よくばった結果、おかずが大量になってしまい、食べきれるか不安だったけど、デフォルトのごはんの量が少なめだったからなんとかなった。あ~、大満足! それにしてもこの店、どう考えてもお得すぎるんじゃないだろうか。
さて、これでモードを切り替えて、ふたたびバリバリ仕事に精を出していかないとな! とりあえず、明日からは絶対に......。