ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

かた焼きそばのことが突然気になりだしたのは、昨年11月のことだった。
 
僕の家の最寄駅は西武池袋線の石神井公園だが、我が家がギリギリ出前の範囲に入っている、お隣大泉学園駅前の「たつみ本店」で出前をとるにあたり、何気なく選んだのが「五目カタヤキソバ」だった。

届いた巨大な皿のラップをはがしたとたん、はたと気づく。かた焼きそばって、たっぷりの揚げめんも、色とりどりの具材も、すべてちびちびとつまめる。さらに、餡に包まれてるから冷めづらいし、その餡が徐々にパリパリだった揚げ麺をしなしなに侵食してゆく味変要素もいい。これってもしかして、町中華最強のおつまみなんじゃないだろうか? その想いは、食べ終わるころには確信に変わっていた。

以来、中華屋に行けば意識してかた焼きそばを頼むようになった。僕のかた焼き道は、そうして始まった。

そんな折、定期的に記事を書かせてもらっているWEBサイト「デイリーポータルZ」から、トークイベントのオファーあり。内容は「なんでもいいから自分が好きなことをスライドを使ったプレゼン方式で発表する」というもの。今、僕のなかでもっともホットな話題といえば、かた焼きそばで間違いない。プレゼンしたい! にわかなれどもこのかた焼き愛を! 迷いはなかった。

とはいえ、まだ人前でプレゼンするほどの情報量はない。漠然と「こんなのとかあんなのとかを食べましたよ~美味しそうでしょ~」なんてお茶を濁すことはしたくない。そこで思いついたのが、「地元石神井エリアの店で提供されているかた焼きそばを食べつくす」という案。

僕が調べた範囲では、昔ながらの町中華から定食屋、本格中華料理店、チェーン店まで、10店舗にかた焼きそばのメニューを発見。2週間ほど、平日は毎日のようにかた焼きそばを食べ、そのすべてを巡り、イベントのプレゼンには無事間に合うことができた。

ご興味があれば、その成果をまとめたWEB記事もアップされたのでご覧ください。

で、だ。仕事がら、短期間に同じメニューばっかりを食べまくるとしばらく飽きてしまうことはよくある。ところが、かた焼きそばは違った。もっと食べたい! もっと知りたい! さらなる深みにハマってしまった。

だってかた焼きそばって、まずは麺に、細麺~太麺~もこもこ系の変わり種まであって、揚げ具合も店ごとに違う。餡の味つけもとろみもそれぞれ違う。王道のうずら卵の他に、ゆでたまごや錦糸卵がのる店も、もちろんのらない店もある。

それから、メニュー名にはよく「五目」なんて表示されている具材だ。律儀に五目を守っている店などなく、今回食べ歩いたなかでも、六目から十四目までやりたい放題。僕の確認に漏れがなければ、うずら玉子、ゆでたまご、錦糸卵、白菜、キャベツ、にんじん、ピーマン、玉ねぎ、ブロッコリー、小松菜、にら、もやし、たけのこ、ヤングコーン、グリーンピース、菊芋(?)、ショウガ、フクロタケ、しいたけ、しめじ、きくらげ、わかめ、えび、いか、ホタテ、いか天(?)、牛肉、豚肉、チャーシュー、なると、かまぼこ、かにかま、メンマなどなどが使われ、その組み合わせだけでも天文学的数字になる。

というわけで、あくまで現時点では、「かた焼きそばとはとても体系だてて語れる料理ではなく、ひとつひとつがそれぞれに独立した銀河系宇宙である」という結論に至った。

先の記事が公開されたのが2月7日のこと。そこにずらずらと並ぶかた焼きそばの写真たちを眺めていたら、またぞろ食べたくなってきた。よし、今日も食べよう。というか、今決めた。毎年2月7日は勝手に「かた焼きそば記念日」としよう。覚えかたはええと......「かた焼きそばが好きだったおてんば娘のニーナ(2/7)、今ごろどうしているんだろう」でどうだろう。

「万生軒(まんじょうけん)」 「万生軒(まんじょうけん)」

とはいえ自宅近辺のかた焼きそばは食べつくしてしまった。できれば今日も、新しいかた焼きそばと出会いたい。そういえば以前、うちから西武新宿線の上井草方面へ行く途中、住宅街のなかにぽつんと気になる中華屋があるのを見つけ、行ってみたいと思っていた。あそこならあるだろう。家からのんびり歩いて30分くらいはかかりそうだけど、天気もいいし散歩がてらだ。

と、やって来た万生軒は、その外観を見ただけで勝手に涙がこぼれそうになるほどの佇まい。昼時を過ぎ、先客のいない静かな店内にそっと入り、ご主人にひとりであることを告げる。

古いが清潔な店内 古いが清潔な店内

小さな四角い店内の片側に厨房。そこに向けてカウンター。それからテーブルが2席。どこを見てもうっとりな味わいだが、特に壁メニューがかっこいい。

メインメニュー メインメニュー

黒地に白文字の達筆で描かれた、圧巻の文字列。長い年月だけが生み出すことのできるテクスチャーに、ため息が出る。

ええと、かた焼きそばは......お、あった。「硬焼そば」と「五目硬そば」。「硬そば」って表記、初めて見るなぁ。う~ん、いい。五目にしよう。

次回はなにを頼もうかと、すでに考えはじめている 次回はなにを頼もうかと、すでに考えはじめている

また嬉しいのが、酒類の充実。特に、どちらも350円の「レモンサワー」と「ウーロンハイ」がありがたい。レモンサワーももらっちゃお。

爽やかな午後 爽やかな午後

あまり店主さんの気にならないようにこっそりと、しかしやたらと両目だけは動かしてじろじろと店内の味わいを堪能しつつレモンサワーを飲んでいると、やがて「五目硬そば」が完成。目の前に到着したそのひと皿を見て、僕は心のなかでつぶやいた。

「ほら見ろ!」と。

「五目硬そば」 「五目硬そば」

またまたどこでも見たことのないひと皿だ。なんといっても、頂の「目玉焼き」。地元の10軒のどこにもなかったパターンだし、海苔だってかた焼きの上では初めて出会う。

それになんだろうこの、「天才バカボン」の作中にごちそうとして登場しそうなビジュアル。両サイドのなるとのイメージか。かわいすぎる。ハム、チャーシュー、かまぼこなどのリズミカルな配置も楽しい。あ~、だからやめられないんだよな、かた焼きは!

餡を崩して麺と対面する瞬間の嬉しさ 餡を崩して麺と対面する瞬間の嬉しさ

太麺と細麺の中間くらいの、かなりパリパリの麺。ほんのりとラードが香り香ばしい。白菜ともやしを中心に、にんじん、きぬさや、しいたけ、たけのこで構成された醤油味のとろとろ餡が、優しく美味しい。

パキポキ、ぐびぐび、ずるずる、ぐびぐび......ほら優秀。おつまみとして。あっという間にレモンサワーはなくなり、「ウーロンハイ」を追加する。

つまみには事欠かない つまみには事欠かない

終盤のお楽しみは目玉焼きだ。どんな感じなんだ? かた焼き×目玉焼きのハーモニーは。おぉ、まずつるんとした白身、これが違和感なく餡と絡んですごくいい。黄身は全体に混ぜてしまうより、しっかり味わってつまみにするか。と、勝手に皿のなかに"チャーシューハムエッグゾーン"を作り、またぐびぐび。

あぁ、やっぱりかた焼きそばは、宇宙だな......。

帰り際、ふと「お店はどのくらいやられてるんですか?」と聞くと、どうやらお話好きなご主人のようで、店のことをいろいろ教えてくれた。

万生軒は現在2代目で、今年の夏で創業からちょうど50年を迎える。

「すごいでしょ? メニューなんか回りからパリパリ割れてきちゃってて。店はほとんど開店のころのままで、あちこち直しながらやってますよ。まるっきり変えたのはTVとエアコンくらいかな。ほら、この黒電話だって現役!」

こともなげに言うが、それがどれほどすごいことか。そして、ぽっと気まぐれに入ってきた僕のような客が、その歴史を体感できることが、どれほどありがたいことか。

そういえば壁のメニュー。黒地に白文字と思っていたが、もとはもっと鮮やかな青文字だったのが色褪せてこうなったのだとか。作られたのはなんと、3%の消費税が導入された平成元年。職人さんに頼んで書いてもらったものだそうで、つまり、そのころからほぼ値段が据え置きというわけだ。

想像すればするほどに気が遠くなる努力。それを笑って話す町中華のご主人。かっこいい。

また、かた焼きそばも、それ以外も、食べに来ます。

なるべく長く続いてほしい なるべく長く続いてほしい

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