ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才？」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
＊ ＊ ＊
仕事で作らねばならないとある実験レシピの製作に必要な食材を求め、地元のスーパーマーケットを何軒かハシゴしていた。すると、意外と見つからないものがあったりして想定外に時間がかかり、昼食を食べる時間も惜しいほどに。そこで、最後に立ち寄った「サミット」で、なんとなく「うまそー」と思った「カツサンド」をほとんど反射的に手にとり、家へ帰る道すがらの公園で昼食とすることにした。
「サミット」
ベンチに座ってガサガサと袋から取り出し、合わせて買ったルイボスティーで慌てて流し込む。はずだった。のだけど、ひと口食べて気づく。あれ？ このカツサンド......やたらとうまくないか？ 肉厚なロースカツが柔らかく、千切りキャベツがシャキシャキとして、甘酸っぱいソース味もちょうどいい。それになんていうか、カツの衣がやたらとうまい。ちょうど揚げたてだったんだろうか？
ちょっとびっくりしてしまった僕はあらためて姿勢を正し、「せめてこいつを食べている間だけは......」と慌てる心を捨て、じっくりとカツサンドと向き合ったのだった。
それから二度ほど食べた。やはり、毎回間違いなく美味しい。完全に僕のごちそうの定番のひとつとなった。しかしながら、たぶんできたてだったのであろう初回の感動が忘れられない。よし、今日は、狙っていこう。
きっとこういった惣菜パンが店頭に並びだすのは、開店の１０時ちょうどよりも少し時間が経ち、かつ世間一般が昼食タイムに突入する１２時よりは前の、１１時くらいからなんじゃないだろうか？ と予想し、サミットへ向かう。
まっすぐパン売り場へ。今まで意識していなかったけど、サミットのパン売り場は、「ダン・ブラウン」という、店内において独立したパン屋になっているようだ。「当店のパンの袋は、どうしてテープでとめていないのか？ それは、袋内に蒸気がこもり、美味しいパンを提供できないためなんです」というような注意書きがポップなイラストとともに掲出されていたりして、かなりのこだわりがあることがわかる。見れば色とりどりのパンどれもがキラキラと美味しそうだ。
さっそくカツサンドを探す。ところがどこにも陳列されていない。時間、読み誤ったか......と肩を落としかけた時、厨房のなかのひとつの棚が目に止まった。なんと、揚げたてと思われる巨大なとんかつがずらりと並んでいるのだ。普段ならもじもじしてしまい、そんな大それたことはできない僕も、今日ばかりは気合が違う。近くにいた店員さんに「あの......カツサンドって何時ごろに並びますか？」と聞いてみると、「すぐにお作りできますよ」とのこと。なんてことだ！ 正真正銘できたてのカツサンドにありつける！ ２切れと３切れがあるというので２のほうにしてもらい、できあがりを待ちつつ店内を徘徊。これまた美味しそうだった「ホテルブレッドの燻しベーコン＆エッグ」税抜き１６０円也を手にとり、カツサンドとともに購入。
「厚切り四元豚ロースカツサンド」（税抜き２９８円）
はやる気持ちを抑えることなどできるはずもない僕は、小走りで公園へ。空いていたテーブルに、買ってきたものを広げる。
貴族の昼食？
ちなみに、考えかたは人それぞれだろうが、僕はうまいものと対峙するならば、できる限りかたわらに酒があってほしいタイプだ。むしろ、酒がないなんて、うまいものに対して申し訳ないとすら思っている。というわけで、サミットの冷えた酒コーナーで、今日の気分にぴったりな缶の「シードル」も買っておいた。スクリューキャップをぷしゅりとひねり、まずはひと口。スッと爽やかなりんごの香りが鼻腔を抜ける。さぁ、優雅なランチタイムの始まりだ。
食パンだらけになったけど
カツサンドをまじまじと眺めてみると、やはりカツの厚みが圧倒的。さっきカツの状態で並んでいる時点で、ものすごい迫力だったもんな。というか、サミットのカツサンドファンとして、あの状態を見られたことはすごく幸運だった。
ひとつを持ち上げ、ゆっくりとかぶりつく。ふわりとしたパンの柔らかさを感じながら、みしみしみしと歯を入れてゆくと、ザクっとしたカツに行き当たり、華やかなソースの風味と豚肉の旨味で口じゅうが満たされる。
ありがたいことに、カツがまだほんのりと温かい。そしていつにも増して、衣のザクザクっとした食感も際立っている。この衣が縁の下の力持ちなんだよな。しっかり香ばしくて、なんだかほんのりとメープルシロップを思わせるような甘みがある気もする。
あぁ、なんて幸せな味なんだ......。
出会った日の直感は、やはり間違ってなかった
続いて、初めて食べる「ホテルブレッドの燻しベーコン＆エッグ」にかぶりつく。おおお、これまたうまい。甘みのあるホテルブレッドと、ベーコン＆マヨネーズの塩気の対比。大人っぽい薫香にも、絶妙な半熟玉子のどっしりとした食べごたえにも、ごちそう感がある。これまた僕の定番になりそうだな。
ところで実はこのカツサンド、わざわざからしの小袋がついている。恥を忍んで告白してしまうと、僕は正直、からしにはまったく興味がなく、定番のおでんをはじめとして、一切からしを必要としないタイプの人間だ。けれども、サミットの、ダン・ブラウンの、ここまでの想いに触れてしまった今、提案されている味変を試してみないのは礼儀に反するんじゃないか？ そんな気持ちになってきた。
そこで、僕としてはかなり異例のことながら、ふたつめのカツサンドにはからしを塗って食べてみよう。
たっぷりと
この際だから遠慮なくひと袋ぶんを絞り、ぱくり。あれ？ キーンとした辛味とソースの酸味があいまって悪くない。やがて衣や豚肉の脂で辛味が中和されていく過程も心地よい。酒に合わせるならばむしろ、このくらい刺激があったほうがいいかもしれないぞ。
いつでも美味しいカツサンドを提供してくれるだけでもありがたいのに、まさか僕にとって未知だった「からしの世界」の扉まで開いてくれるなんて。サミットさん、ありがとう。
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