レジにパーテーションが設置され始めて約2年。感染拡大防止のためとはいえ、マスクも相まって聞き取りづらいこともしばしば。
そんな不便さを解消するのが、パーテーションの両面につけるだけで双方の会話を補助する「kicoeri(キコエリ)」という機器だ。全国各地で続々導入されているこの機械を開発した従業員数5人の小さなベンチャー企業、ファーフィールドサウンド株式会社の取締役・河村聡典氏を直撃した。
「うちはもともとソフトウエアを作る会社なんです。クルマの中で電話する際のハンズフリー通話の音声を処理する技術をライセンス提供しています。それ以外にも、クルマの前部座席と後部座席の会話を聞き取りやすくするインカーコミュニケーションの技術なんかもあります。
ただ、自動車業界への新規参入には時間がかかり、しかも新型コロナの影響で進みつつあったプロジェクトも頓挫したりして。このままじゃマズい、自社の技術を何かに応用できないかと考えたときに、パーテーション越しの会話を補助できるのではと開発を始めました」
それが昨年の2月。ただ、そんなトントン拍子にはいかない。
「体力のない小さな会社ですから、作って売れなかったでは済まないワケです。しかし、一緒に作ってくれるメーカーを探したのですが断られてしまって。リスク覚悟で自社で作ることに決めました」
そして製品が昨夏に完成。次は営業するフェーズだ。
「スーパーのレジやサービスカウンターにニーズがあると思い、声をかけまくりました。そこで興味を示してくれたのがイオンリテールさんでした。ちょうど他社製品を検討しているところだったんです」
似た機能の製品はいくつか先行して販売されていたが、選ばれたのは「kicoeri」。そこには、同社が培ってきた技術があった。
「スピーカーとマイクがあり、そのふたつで会話するという仕組み自体はシンプルですよね。それをくっつけるだけなら誰でも作れるじゃないかと感じると思うんですが、狭い空間にマイクとスピーカーがふたつあるとハウリングしてしまうんです。ライバル製品はハウリングを抑えるために音量がそもそも小さかったり、マイクがブツブツ途切れたりしてしまいます。
その点、うちの製品はハウリングせず、同時に話してもお互いの声が聞こえる。これはもともとクルマ向けに作っていた、自然な会話のために必要な信号処理技術をそのまま適用しただけなんです。製品化のためのチューニングなどはしていますが、技術は新規には開発していません」
そしてスーパー以外にも市役所や病院など、コミュニケーションが重要な場所で続々導入が進んだ。しかし、そこに半導体不足の問題が......。
「生産が止まりそうになりました。しかし、そこは逆転の発想で、扱いやすいために売り切れている半導体は諦め、扱いづらくても在庫のある半導体を使ったんです。回路や基板は設計し直しになりますが、回路設計は自社でやっているので対応できました。ここまで隙間なく供給することができています」
たくましすぎる!
「この商品は拡声器ではなく、あくまで会話アシストシステム。パーテーションとマスクで失った音を元に戻すことを目的としています。あるお客さまに1週間お貸し出しして返却してもらったんですが、『なくなってから効果を実感した』と言われました。まさに私たちの一番の理想は、何もなかったときと同じように感じてもらうことなんです」
まさに「必要は発明の母」。