ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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僕の大尊敬する作家であり、また酒の飲み手である東海林さだお先生の著書『ひとりメシの極意』のなかに、これまた僕の大尊敬する作家&飲み手、太田和彦先生との特別対談が収録されている。
東海林先生といえば、現在執筆中のほとんどの漫画やエッセイが40年以上続く長期連載という超大御所でありながら、永遠の庶民派代表。かたや太田先生は、日本中の酒と酒場を知りつくした、飲みかたや生きかたに関する美学の塊のような方。そんなふたりが仲良しという事実も、東海林先生のほうが年長であるからこその絶妙な関係性もおもしろい。
その対談のなかで、東海林先生が太田先生に「『日高屋』って知ってる? あそこの『野菜たっぷりタンメン』、美味しいよ」という由の発言をしている。世界広しといえど、あの太田先生に激安中華チェーン店を推薦できるのは東海林先生だけなんじゃないだろうか。初めて読んだ時以来、そのくだりが強く印象に残り続けていた。
ところで昨年11月、長年一方的なファンであった太田先生とイベントで対談をするという、とんでもない依頼をいただいてしまった。分不相応とは思いつつも、こんな体験をさせてもらえるチャンスは人生に何度も訪れるものじゃないと、謹んでお受けすることにした。
1時間以上も太田先生と一対一でお話ができるという貴重な機会。当然、イベントを企画した編集者さんからは事前に、「太田先生に聞きたいことがあればなんでも聞いてくださいね」と言ってもらっていた。酒の飲みかた、人生について、プライベートなお話、聞きたいことは山ほどある。が、加えてどうしても聞いておかなければと思ったのが、先の「日高屋」の件だ。
イベント中盤、僕から太田先生への質問タイムとなり、さっそく質問する。
「以前対談で、東海林さだお先生から『日高屋』の『野菜たっぷりタンメン』をおすすめされていましたね。その後実際に、日高屋には行かれましたか?」
すると太田先生、ニヤリと笑ってこう答える。
「行ってない」
さすがだ。「ウンウン、先輩が言うから一応ねぇ」なんてことはありえるはずもない。東海林先生だって、すすめたからって行くとも思ってないだろう。そのおふたりの関係性が、なんともかっこいい。
それからしばらくの間、僕は緊張と幸福の余韻に浸っていた。同時に「あの質問を忘れずにできてよかったな」と、太田先生の「行ってない」を何度も思い出していた。
が、ある日ふと気づく。あれ? よく考えたら自分も、日高屋の野菜たっぷりタンメン、食べたことないじゃん......と。とたんに自分が恥ずかしくなる。あの質問は、日高屋の野菜たっぷりタンメンを食べた者がするのが両先生に対する筋だったろう。それがなんだ、あの上っ面だけを掬いとったような雑な質問は!
思えば日高屋のことを、そこまで真剣に考えたことがなかった。昼飲みがしたいけど開いている個人店のない街で、どこか「とりあえず」という気持ちで入り、メンマ、キムチ、焼鳥(なぜか焼鳥)の「三品盛り合わせ」をつまみに、ウォッカベースのホッピーセットをやる。そんな、どこかやさぐれた付き合いかたしかしてきていなかった。
一度、本気で日高屋の門をくぐり、全身全霊を持ってして野菜たっぷりタンメンと向き合わなければ! そしてそれをつまみにウォッカベースのホッピーセットを飲まなければ!
ということがあって先日、目的の地をビシッと日高屋に定めて家を出た。最寄り駅前の日高屋に到着。ひとり用の席に着き、目の前のタッチパネルを見る。すると、なんということだろう、今までつまみのページにばかり意識が行っていて気がついてなかったけど、トップページに人気メニューランキングが掲載されており、野菜たっぷりタンメンは堂々の1位だ!
そんなにも人気だったんだ。野菜たっぷりタンメン。世の中、相変わらず知らないことだらけだな。
迷うことなく注文ボタンを押し、あっという間にやってきたホッピーを飲みながら、軽く精神統一しつつ待つ。
するとこれまたスピーディーに野菜たっぷりタンメンがやってきた。うわ、こりゃあ本当に野菜たっぷりだ。
まずは塩ベースと思われる、それでいて透き通ったわけでもない、若干にごりのあるスープをひと口。わ! ものすっごい熱い! 油断してた。できたてかつ、油っけが強めだからだろうか。ホッピーで口を冷やし、あらためて慎重にふた口め......う、う、う、うまいー!!!
ガツーンと油と塩気が強めで、そのパンチに野菜の旨味と甘みが、がっぷり四つに組み合っている。巨大などんぶりはさながら土俵か。
絶妙な炒め具合のキャベツ、もやし、にんじんはシャキシャキザクザク気持ちいい食感。控えめな量ながら、ニラと豚肉も味わいにいいアクセントを生んでいる。頭をからっぽにして、この野菜の山をバクバクと制覇していく快感がすごい。
僕がいつも食べていた三品盛りは、いわば「ケ」の料理。この野菜たっぷりタンメンは、どう考えても「ハレ」の料理。そうか、僕が勝手に温度感の低いイメージで捉えてしまっていただけで、日高屋にもハレの世界があったんだ。そして、日高屋のハレモード、想像をぶっちぎってハレきってる!
やがて顔を出しはじめた太め平打ち麺のつるぷり感も、素直な小麦の風味も、このスープにとても合っていて好ましい。シンプルに、たったの520円でこんなにうまい料理が食べられることに感動を覚える。
日高屋の野菜たっぷりタンメン。さすが、あの東海林先生が名指しで推すだけあるな。願わくば太田先生にもいつか、日高屋でウォッカベースのホッピーセットを飲みながら食べてみてほしいなどと、つい夢想してしまった。