『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、かつてオリンピックの正式種目だった「芸術競技」について語る。
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盛り上がりを見せた北京五輪。「自分が参加するとしたらどの競技がいいのか」といったくだらない会話をしたことありますか? カーリングならいけそう(失礼)、スノボがカッコいい、など。もちろん"ド文系インドア人間"の私は結局すべて無理なんだけど、実はかつて、運動音痴でもチャンスのある競技があったそうです。それは、芸術競技。20世紀半ばまでは正式種目でした。
IOCの創設者で近代オリンピックの父と呼ばれるピエール・ド・クーベルタンは、古代オリンピックに倣い、真のオリンピアンは肉体も精神も優れているべきだと信じて芸術とスポーツの統合を訴えました。美術と音楽に自信があることを言い訳に体育をサボりがちな私にとっては望まない統合だけど、1912年のストックホルム大会から絵画、彫刻、建築、文学、音楽の5種目がテニスやレスリングなどと並んで競われました。
作品はすべて「スポーツや運動をテーマにしたもの」というのが決まり。イギリスの伝説的コメディグループ、モンティ・パイソンのコントで、ピカソやシャガールをはじめとする画家たちが絵を描きながら自転車に乗ってレースするものがありますが、どうせならそれくらいごちゃ混ぜにしてほしかったです。「モネ、低めいっぱいに筆運びが決まった! しかし、ゴッホが痛烈な筆圧で迫ってくる! 手に取ったのは......青! 青の顔料だ!」なんて実況が聞いてみたいです。
実際にスポーツも芸術競技も巧みな選手は存在しており、ストックホルムで彫刻の金メダルを獲得したアメリカ代表のワイナンズ選手は、その前の大会でも射撃で金メダルを獲とっていました。これぞ二刀流。ちなみに筆名で作品を出品したクーベルタン会長も文学で金メダルを獲得しており、すごいのか怪しいのかわからないですが、神は二物以上を与えるようです。
徐々に人気が出たオリンピックの芸術競技。詩歌や声楽作曲、オーケストラ作曲やグラフィックアートなどの種目が追加され、全部で17種類が行なわれました。32年ロサンゼルス大会の作品展示には40万人近くの観客が訪れ、その人気がうかがえます。日本人選手はロス大会と36年のベルリン大会の2回のみ参加しており、ベルリン大会では藤田隆治(りゅうじ)が油彩部門で、鈴木朱雀(すじゃく)が水彩部門でいずれも銅メダルを獲得しました。一方で、山田耕筰が作曲で選外になったりと、競争の厳しさと選考基準の不透明さを感じます。
芸術競技が正式種目から外されたのはこの不透明さ、つまり審査基準を数値化できず、主観でしかないことが理由のひとつだといわれています。さらに、メダルが宣伝材料になることや、プロとアマチュアの境目が難しいという理由も挙げられていますが......現代のオリンピックも似たような状況では......。
芸術の良い・悪いを競うのはやぼと知りつつ、今の「文化プログラム」での展示だけだと、開催国のアーティストが主で、芸術の「今」より、開催国の文化の紹介的な要素が強いと思います。世界中の最新の作品が一気に並列で見られる機会として、オリンピックの芸術競技の復活を見てみたいです。目指せ、80歳で金メダル!
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。かつて正式種目だった「シンクロナイズドスイミング・ソロ」というパラドックスのような競技も復活させてほしい。
公式Instagram【@sayaichikawa.official】