クマリン香るミスドの「桜もちっとドーナツ桜あん&ホイップ」。ミスドは年がら年中天才
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、大好きだという「さくら味」について語る。

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耐え忍ぶ冬が過ぎて、ちょっとずつ春めいてきた今日この頃。気温がさほど上がらない日でも厚手の冬コートを着ていたら軟弱者だと思われそうですが、体感は冬よりまだ寒く感じることが多い私も、春独特の空気のにおいがしてきておおむねルンルンです。お日さまと乾いた土やアスファルトの暖かい香り、不思議とやる気が出ます。

さらにコンビニやデパ地下に行くと、これまた大好きな「さくら味」の食品が大量発生。もしかして、気温以上にざーっと並ぶピンク色のパッケージに春の訪れを感じているのかもしれません。控えめで柔らかく、上品なさくら味が好みですが、ちょっと人工的で芳香剤を食べているようなさくら味も嫌いじゃない。桜なんて食べたことがないのに、「あーこれこれ! 紛れもなく桜の味!」と脳が記憶操作されている感覚も含めて好きです。

そういえば、さくら味のポテトチップスを食べて「あぁ桜っぽい」と納得したけど、「桜っぽい」ってなんだ!?と正体がわからないことに気づきました。ということで、まずは和菓子職人の友人に聞き込み調査を開始。

結論から言うと、「桜の味」なんぞない。多くの人の予想の範囲内でしょうが、桜自体に味はなく、花びらや葉っぱをそのまま摘んでムシャムシャ噛(か)んだり煮出したりしても、あのお菓子の味はしません。

秘密は、塩漬け。桜の葉っぱを塩漬けにすると、「クマリン」という、えらくかわいい名前の成分が発生するのだそう。このクマリンがわれわれの思うさくら味の正体で、実際は単なるにおい、風味。生の葉っぱや花の中では、クマリンは「クマリン酸配糖体」と結合した形で存在しており、塩漬けや粉砕することで初めてあの特有のにおいが生まれるそうです。お花見の際、飲み物の中に花びらが入り、そのまま飲んだけどめちゃくちゃまずかったのも納得。

さらにクマリンは、そのメルヘンチックな名前に反して、微量の毒性があるそうです。「さくらスイーツで摂取する分量ではまったく影響はない」とのことですが、過剰摂取は肝臓の機能を弱らせる危険性があるみたいです。さくら味=クマリン味=毒味。おおおお。

また、今ではさくらアイスやさくらラテ、さくらコーラまでありますが、さくら味の元祖は桜餅といっていいみたいです。小麦粉のピンクの薄皮でこしあんをロールした関東風の「長命寺」、そして粒あんをもち米で包んだおはぎっぽい関西風の「道明寺(どうみょうじ)」の2種類がありますが、どちらも塩漬けの葉っぱで巻いているので、風味のメカニズムは一緒でした。要は、本体はあのクマリンまみれの葉っぱです。

さくら味の食品が年々増えているのと同じように、アメリカではラベンダー味が数年前からはやっています。ラベンダーラテ、ラベンダーケーキ、ラベンダービール、ラベンダーヨーグルト......。さくら味同様、インスタ映(ば)えも人気にひと役買っているようです。「ハンドソープの味がしないラベンダー味のレシピ」なる記事も多くみられ、フローラル味=芳香剤・ハンドソープの味ととらえる人がいるのは世界共通のようです。

●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。アメリカ帰国中にラベンダーラテもローズラテも頼めたのに、自意識がジャマをしてスタバの桜フラペチーノには手を出せてない。
公式Instagram【@sayaichikawa.official】

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