人気バラエティ番組『プレバト!!』(MBS/TBS系)の「俳句の才能査定ランキング」で、芸能人がつくった俳句を、ユーモアを交えながらバッサリ切り捨てる添削でおなじみの俳人・夏井いつき先生。
そんな夏井先生が2018年に上梓(じょうし)した『夏井いつきのおウチde俳句』は、コロナ禍の今、あらためて脚光を浴びるべき一冊だ。ハードルが高いイメージのある俳句だが、未経験者がどうやって作句の第一歩を踏み出せばいいのか、夏井先生ご本人に聞いた。
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――俳句はまず何から始めればいいですか?
夏井 最初に必要なのは筆記用具とメモ用紙と歳時記(季語を調べる辞書のような本)。あと俳号(ペンネームのような仮の名)を先に決めると楽しいですよ。
――それはなぜですか?
夏井 本名でやるよりは得することがいっぱいあります。例えば、私がやっているラジオ番組に本名で投句したとして、「へたくそ!」と言われると、やっぱりヘコむじゃないですか。
――確かに本名だと知り合いにバレたりしますからね。
夏井 俳号だと、自分自身を否定された感じはしないですからね。それと、もし最初につけた俳号が気に入らなければ、どんどん変えてもいいんです。正岡子規もいっぱい俳号を持っていて、最終的に子規に決めたんですから。
――そうなんですね。
夏井 俳句がへたくそな間は、むしろおまぬけな俳号でいい。そのほうが傷つきにくいですよ。だんだんと上達してくると、「俳句は上手なのに、こんなおバカな俳号では......」と、実力と俳号がつり合わなくなってくる。俳号によって自分の句が損してると思い始めたら、そのときに立派な俳号にすればいい。
――バカバカしい俳号のほうが作品のハードルが下がると。
夏井 そう。だから出世魚みたいに自分の実力に合わせて変えていってもいい。変えたらすぐ新しいスタートが切れるから。
――最初は松尾芭蕉(ばしょう)のパロディとかでもいいですか?
夏井 そういうのはけっこうダサいですよ。杉尾芭蕉とかね。でも本名をちょっと変えるぐらいなら粋な感じがする。高浜虚子(きょし)の本名は「清(きよし)」で、「きよし」を「きょし」に変えたわけです。
――紙とペンと歳時記を用意して俳号も決めたら、その次はどうすればいいですか?
夏井 俳句は数学の公式みたいな型があって、その型に言葉を入れるパズルみたいなものなんです。でも、俳句のメカニズムを知らない人たちは「ゼロから自分の脳みそで言葉を生み出さないといけない」と思っているので、最初の一歩が踏み出せない。
まずは俳句の基本的な型「取り合わせ」を覚えてください。その型に言葉を当てはめて、季語と合体させるだけで、俳句は簡単にできるんです。
――初歩的な型のひとつを具体的に教えてください。
夏井 まずは季語と関係のない12音と、5音の季語を合体させる取り合わせの基本を覚えるだけで大丈夫です。
――最初に12音のフレーズを考えればいいんですね。
夏井 はい。例えば、皆さんが日頃口に出せない悪態をついてみてください。それを5・7の順か、7・5の順で12音にする。私はそれを「悪態俳句」と呼んでおります。今、何か不満はありますか?
――「急にLINEの返りが遅なったな!」とかはあります。
夏井 それです。それが俳句のタネです。「LINEの返りが遅なった」で12音。そこに5音の季語を探す。季語は歳時記にいっぱいありますから。
――歳時記から季語を選ぶときのポイントはありますか?
夏井 彼女からのLINEの返りが遅いことについて、「あれ?」と少し気になったのか、「もうこれは破滅的だ」と思ったのか、それによって選ぶ季語が変わります。その感情を季語に託すんです。
例えば、ダメージが少ない場合はちょっと心配な季語を探すわけです。「春みぞれ」という季語だと、冬のみぞれとは違った明るさがあります。〈春みぞれLINEの返りが遅なった〉で、ちゃんと俳句の型になってるわけ。これなら『プレバト!!』で60点以上は確保できます。
――すごい! 愚痴を言っただけで60点以上!
夏井 「凡人」の上のほうです。「春みぞれ」というのは、みぞれが降っていても、「春」の要素でちょっと救われた感じがあるでしょ。でも、「俺たち、もう終わりなんじゃないかな」と不安がよぎったりしてるなら、もっと冷たげな季語にする。
――後者の気持ちですね。
夏井 じゃあ、「冴(さ)え返る」という季語はどうでしょう。春になったけど冬の寒さが完全にぶり返すという意味の季語です。だから、〈冴え返るLINEの返りが遅なった〉なら、あなたの今の寒い気持ちにグッと季語が寄ってくるわけです(笑)。
――いや先生、笑いごとやないんですよ(笑)。でも、そういった気持ちや感情の季語を歳時記から探せばいいんですね。
夏井 歳時記は時候、天文、地理、人事(生活)、動物、植物と6ジャンルに分かれています。悪態俳句をつくるときには、時候か天文あたりから季語を探すと成功しやすいです。
――60点からさらに上を目指すにはどうすればいいですか?
夏井 「才能アリ」に持っていくためには、ひとすくいのオリジナリティかリアリティが必要。季語が5音なら、自分でつぶやくのは12音しかないので、そのうち1単語をオリジナリティのあるものに変えればいいんです。
あとは凡人ワードが何かを知ることも大事です。『プレバト!!』を見ながら、「凡人ワードが何か」を情報として仕入れてほしいんです。梅沢(富美男)のおっちゃんがよく言うでしょ。「夕日が沈む」という句が出てきたら、「沈まない夕日があったら持ってこい」って。だから「夕日」だけでいい。
そうすると「が沈む」を削れるから、4音分を別の新しい情報に使えるわけです。このメカニズムがわかるようになると凡人を脱出できます。
――夏井先生は今後、どんな俳句活動をしていきたいですか?
夏井 これまで30代の『伊月集 龍』、40代の『伊月集 梟』今年1月に50代の『伊月集 鶴』と年代別にまとめた句集を出してきましたが、今後も句を詠み続けて、一生かけて『伊月集』を完成させていきたいですね。
●夏井いつき
1957年生まれ、愛媛県出身、松山市在住。俳人、俳句集団「いつき組」組長。2015年より初代俳都松山大使。「第8回俳壇賞」「第44回放送文化基金賞」「第72回日本放送協会放送文化賞」「第4回種田山頭火賞」受賞。著書に『超辛口先生の赤ペン俳句教室』、句集『伊月集 龍』『伊月集 梟』(共に朝日出版社)など多数
■『夏井いつきのおウチde俳句』
朝日出版社 1848円(税込)
人気バラエティ番組『プレバト!!』(MBS/TBS系)の「俳句の才能査定ランキング」でおなじみの俳人、夏井いつき先生が、家の中のモノを題材に俳句のつくり方を教える、初心者向けの入門書。リビングや台所、寝室などの場所ごとに、「食材」「日用品」「家事」「家族」「眠れぬ夜」など、俳句のタネを探すコツをやさしく伝授。誰でも簡単に俳句がつくれる秘訣が満載で、コロナ禍の今、あらためて読みたい一冊だ