日本でイモリと呼ばれるのは、写真の「アカハライモリ」を指すことが多い。有尾両生類で、「アカハラ」といわれるように腹部が赤い。手足、顎や尻尾、さらには心臓や脳の一部が失われても再生する。イモリだけが持つ特別な再生能力のメカニズムは、長らく解明されてこなかった

再生医療の新たな一歩につながる、ある発見が注目を集めている。その正体はなんと「イモリ」。以前からイモリの再生能力の高さは知られていた。ただ今回、その仕組みが初めて解明されたという! なぜイモリは傷痕を残さず皮膚を再生できるのか? ヒトへの応用の可能性も含めて研究チームを直撃した!

■何度切っても生える驚異の再生能力

ケガややけどを負ったとき、傷痕をまったく残さずに皮膚を再生できたら......。

そんな夢の治療法を、「イモリ」の研究を通じて実現しようという取り組みが、筑波大学を中心とした研究グループによって進められている。なぜイモリに注目するのか?

「それはイモリが、飛び抜けた再生能力を持っているからです」

と語るのは、研究グループを率いる筑波大学・生命環境系の千葉親文(ちかふみ)教授だ。

「イモリの持つ、恐るべき再生能力については、まだ生物学が十分に発達していなかった250年ほど前からよく知られていました。"トカゲの尻尾(しっぽ)切り"という言葉があるように、トカゲの尻尾を切ると、また生えてくるというのは知っている人が多いと思いますが、実は切れたトカゲの尻尾が生えてくるのは1回だけなんですね。

一方、両生類のイモリは手や足を何度切ってもちゃんと生えてきます。手足だけではなく、顎や尻尾、さらには心臓や脳の一部が失われても、少し時間はかかりますが、元どおりに再生し、しかも皮膚には傷痕ひとつ残らない。実験でイモリの眼球の水晶体を19回取り除いても、また元どおりに再生したほどです」

手足や尻尾だけじゃなく、脳や心臓まで再生するなんて、イモリすごすぎる!

ちなみに千葉教授によれば、カエルのオタマジャクシや、「ウーパールーパー」の呼び名で知られるアホロートルといった両生類も、イモリと同じような再生能力があるそうだが、そのオタマジャクシも変態して大人のカエルになると、再生能力は失われるという。

「私たち人間を含め、陸上で暮らす脊椎動物の中で、成長後もこれほどの再生能力を持っているのはイモリだけです。ところが、このイモリだけが持つ特別な能力のメカニズムについては、これまで十分に解明されてきませんでした。

そこで生物学者だけでなく、医学の専門家も加わって、イモリの持つ驚異的な再生能力の仕組みを明らかにし、それを再生医療に結びつけようというのが、今われわれが取り組んでいる研究プロジェクトなのです」

■皮膚が傷痕を残さず「元どおり」に再生!

では、実際にどのような研究が行なわれているのか。今回、千葉教授のグループではイモリの皮膚に注目し、日本固有種「アカハライモリ」の全身のさまざまな部位から皮膚を切除して傷口の再生を観察した。

アカハライモリの頭、前肢、後肢、胴(腹側も)の皮膚の一部を切除した実験。180日後には傷痕がない形で再生することがわかった

すると、おなかの赤や黒の模様を除けば、イモリの皮膚が傷痕を残さず、ほぼ完全な形で再生することを確認。その過程で、イモリの持つ独特な皮膚再生のメカニズムも明らかになったという。

「私たちヒトの場合、ケガをして皮膚が傷つくと、最初に『かさぶた』ができます。その下で患部が炎症を起こして『線維芽細胞』という細胞が誘導されると、そこからコラーゲンなどの線維性タンパク質を分泌。これが傷口を固めることで皮膚を再生します。

この過程を『線維化』といって、傷口を素早く閉じることができる半面、傷つく前の細胞とは異なる組織が傷口をふさぐので、どうしても『瘢痕(はんこん)』と呼ばれる傷痕が残ってしまいます。

イモリではヒトに比べて再表皮化がすぐに完了する。また炎症は低く抑えられていて、傷痕の元となる肉芽組織による線維化が起こることもない。表面の色合いも回復し、完全に元どおりになる

ところがイモリの皮膚の場合には、この線維化が起こりません。しかも傷口の周りだけでなく、その周辺の表皮の細胞が通常のおよそ2倍のスピードで分裂して、そのまま素早く傷口をふさいでしまうので、傷痕も残らず、患部の炎症も長引かない。

たとえるなら、洋服の破れた部分を縫い糸や当て布でふさぐのではなく、洋服全体のサイズがギュギュッと伸びて大きくなり、それで緩んだ部分がそのまま破れ目をふさいでしまうようなイメージで、皮膚が再生することが明らかになったのです」(千葉教授)

では、こうした発見は、人間の医療にも応用が可能なのか? やけどやケガで顔などに傷ができても、イモリのように傷痕を残さず治療できるようになる日が来るのだろうか?

研究グループに参加している慶應義塾大学医学部形成外科の石井龍之(たつゆき)助教が語る。

「イモリとヒトでは生き物としてまるで違うと感じる人も多いと思いますが、カビの研究から抗生物質が生まれたように、まったく違う生物に関する発見が、人間の治療に大きく役立ったという例は医学の歴史では少なくありません。

例えば今後、イモリの再生能力に直接関わるような物質が抽出できれば、その物質を人間や、ほかの動物の再生医療に応用できる可能性があるかもしれません。形成外科医としての立場からいえば、傷痕といっても、ちょっとした傷ではなく、大きなケガややけどによるケロイドのように目立つ傷痕があると、やはり人間は社会的な動物ですから、その方にとって不幸ですよね。

もうひとつ大きいのが、がん治療などの手術によって、臓器の一部を取ったり、手術痕が残ったり、手や足の一部を取らなければならないというときに、それこそイモリみたいな再生が可能なら、究極の治療になると思うんです」

同じくこの研究に参加する信州大学医学部形成再建外科学教室の高清水一慶(たかしみず・いっけい)助教も、期待をこう語る。

「普段からいろいろな患者さんの傷痕を診療することが多いのですが、やはり今の治療法では傷がきれいに治らない症例も多く、何か新しい治療のヒントがないかと探しているなかでイモリの再生能力のことを知り、千葉先生の研究に加わりました。

私自身、それまではイモリについてあまり知らなかったのですが、こうしてイモリの皮膚再生メカニズムが明らかになるなかで、それを人間の治療に応用できれば、多くの患者さんたちの悩みを救えるのでないかと思います」

■iPS細胞とも違う新たな再生医療に!

それにしてもなぜ、イモリはこれほどすごい再生能力を持っているのか?

千葉教授の研究グループがヒトへの応用に向けて期待しているのが、イモリの驚異的な再生メカニズムを支える「細胞の脱分化」の働きだ。どういうことか?

「『手や足が切れたり脳や心臓の一部が傷ついたりしても再生する』と聞くと、ノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授の研究で知られるiPS細胞や、受精卵から作られるES細胞などをイメージする人も多いかもしれません。これらは通称『万能細胞』と呼ばれ、さまざまな細胞や組織に分化することができる『幹細胞』のことです。

しかしイモリの再生能力においては、幹細胞は脇役です。皮膚や筋肉などの組織や臓器の、すでに分化を終えて最終的な形になっているはずの細胞が再生の主役になるのです。ある場合には、元の細胞の特徴を一部保ったまま、まるで時計の針を少しだけ巻き戻したかのように、傷ついた部分の再生に必要な『多能性細胞』へと変化するのです。

私たちはこれを、細胞の『脱分化』や『リプログラム』と呼んでいます。わかりやすく言えば、傷ついたり、失われたりした部分の周囲の細胞が『それ以前の形』を記憶していて、その部分を以前と同じような形に修復できる細胞に変化して、再生するのです。

この『すでに分化し終わった古い細胞を使いこなす』というのがイモリの再生能力の最大の特徴で、そのときどんな遺伝子が関与しているのか、どんな酵素や分子メカニズムが働いて細胞の脱分化が起きるのかを明らかにできれば、iPS細胞やES細胞のような幹細胞とは異なる、新たな再生医療につながる可能性があると考えています」(千葉教授)

■イモリは「がん」にならない

こうして、少しずつ明らかになりつつある「イモリの再生能力」の秘密。今後さらなる解明が進み、医療への応用が実現すれば、傷痕が残らない皮膚の再生どころか、例えば事故で切断した腕や足が生えてくる? SF映画『X-MEN』の登場人物で、どんなケガからも回復するウルヴァリンのようなことが現実になる日も来るのか?

研究グループは、「Newtic1(ニューティックワン)」と名づけた遺伝子(ちなみにNewt[ニュート]はイモリ。イモリ型再生因子1番という意味)と、イモリの持つ独特な赤血球の働きが、イモリの再生メカニズムに関与している可能性があるとして、これが「イモリ型再生医療」につながるヒントになるのではないかと期待している。千葉教授が語る。

「iPS細胞のような幹細胞を使った再生医療では、体外で幹細胞から作った組織や臓器を手術で『移植』することが必要ですが、すでに分化し終わった古い細胞の脱分化を使ったイモリ型再生医療では、傷ついた部分がそのまま再生するので、『移植のいらない再生医療』という新たな道が開けるかもしれません。

また、iPS細胞やES細胞を使った再生医療では幹細胞が激しく細胞分裂を繰り返すため、その過程で起きる細胞の『がん化』をどうやって防ぐかが大きな課題になっているのですが、実はイモリには再生能力だけじゃなく『がんにならない』という特徴もあるんです」

実際、千葉教授の研究室ではいろいろな発がん性の物質を使って強制的にイモリにがんを誘導しようと試みたそうだが、それでもイモリはがんにならなかったという。

「ですから、こうしたイモリ型の再生メカニズムが人間に応用できれば、がんにならない再生医療になる可能性もあると期待しています。

私がイモリの研究を始めた1990年代初頭には、イモリの再生能力の研究はすっかり下火になっていて、準絶滅危惧種に指定されたイモリとイモリ研究者の絶滅と、どちらが早いかみたいな時代で『おまえは絶滅危惧種だな』と言われていました(笑)。

でも、こうして研究を続けてみると、傷痕が残らず、がんにもならないイモリの再生能力って、本当に自然治癒の進化系で、ようやくそのメカニズムの一端と、それを人に結びつけるための道筋が少しずつ見えてきました。

今後はさまざまな分野の生命科学者や、石井さん、高清水さんのような医師とコラボしながら、われわれが"ウルヴァリン・ファクター"と呼ぶイモリの自己再生因子を突き止めたいと思っています」

「この研究に参加するまでは、イモリとヤモリの区別もつかないほどだったのですが、マンガ『ドラゴンボール』に出てくるピッコロ大魔王のように、腕や足が取れても、また生えてくるのが究極の再生医療だと考えていたので、思い切ってこの研究に参加してみたら本当にイモリは『宝箱』だと感じました」(石井助教)

イモリは人類を救う!? 近い将来、イモリ型再生医療が実現し、人類がX-MEN化する日が来ることを期待したい。

図表の出典/「Skin wound healing of the adult newt, Cynops pyrrhogaster: A unique re-epithelialization and scarless model.」より