ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

コロナ前まで、新宿区大久保にあった「ネイキッドロフト」というトークライブハウスで、「パリッコのトークライブ『っていうか飲み会』」という主催イベントを定期的に行っていた。最後に行われたのが2020年3月で、その後、対面イベントなどの開催がどんどん難しくなっていったのはご存知のとおり。

それから2年とちょっとが経過した今。さまざまな会場、そして関係者のみなさんが、最大限の対策と工夫をしつつ、そういった催しを再開する道を探りはじめている。

先日、昨年大久保から横浜に移転して再オープンしたネイキッドロフトの店長さんから、「久々にうちでイベントをやりませんか?」とお声がけいただいた。趣旨としては、会場のコロナ対策は万全にしながらも、以前のように出演者やお客さんみんなが飲みながら、特に台本もなく、ゆるいトーク、というよりもむしろ雑談をくり広げるというもの。僕が東京から行くことも考慮してくださり、時間帯は休日の昼間。ちょっとした旅行気分も味わえそうで、いかにも楽しそうだ。僕は、「もちろんやらせてください」とお返事をした。

それが無事開催されたのが4月30日のこと。ゲストに、生粋のハマっ子である今野亜美さん、かとうちあきさんをお迎えし、イベントタイトルは「第1回『横浜とそれ以外の酒場の魅力を語り合う会』」とした。そこまで広い会場ではなく、じゅうぶんに間隔を開けての席配置ではあったけど、ゴールデンウィーク中にも関わらずそこが満席になるほどの人たちが来場してくれ、本当に楽しい時間を過ごさせてもらえた。

なにより、久しぶりにわざわざイベントに足を運んでくれた人たちの顔を実際に見ながら、酒を飲んだり、くだらないことを話したりできる。そこにはやっぱり、オンライン上とは違う幸福感があるなぁと実感した。毎度のことながら、具体的に有益な情報などは一切提供できず、はたしてあの内容でよかったのだろうかという心配はあるけれど、まぁ、生でゲストのおふたりが見られたというだけで、お客さんはきっと満足してくれたことだろう。

さて、時間は戻ってその日の朝。僕はじゅうぶんに余裕を持って家を出た。というのも、イベントの開場が午前11時半で、開演が12時。入り時間は開場の30分前の11時。そこからはずっとバタバタして終演まであっという間だろうし、悠長に食事をとっているヒマなどないだろう。けれども酒は確実に飲む。なので経験上、その前に軽くでもなにか胃に入れておいたほうがいい。地元で立ち食いそばでも食べていくんだっていいけど、せっかくなら訪れる機会の少ない横浜でなにか食べたい。そんなことを考えながら横浜駅に着いたのが午前10時過ぎ。会場への移動時間を考えると、猶予は小一時間くらいか。でっかい都市の駅前だからなにかあるに違いないだろう。別にチェーン店でも、ふだん目にすることのない店だったら万々歳だ。よし、探そう!

と、改札を出て歩きだすと、いきなり駅直結の「ポルタ」という巨大な地下街があった。少しうろついてみると、小綺麗なチェーン店が多そうながら、そのなかに「崎陽軒中華食堂」なんていういかにも横浜ならではの店もあってわくわくする。まだ開店前の店も多いけれど、会場からも近いし、この地を今回の舞台とすることにした。

10分ほど徘徊し、どこも決め手に欠けるけど......いざとなったらまぁ、開いてるカフェでサンドイッチとコーヒーでいいか。と、ほんの少しだけ焦りはじめたところで、「麺房八角」という、初めて名前を聞く立ち食い系のそば屋を発見。決まりか!と近づいてゆくと、なんとその隣に、系列店であろう定食屋兼居酒屋「浪花ろばた八角」という店があって、そちらも開いている!

「浪花ろばた八角」

ショーケース
入り口横にはお得な「朝定食」のポスターがどーんと掲げられている。さらにショーケースを覗くと、色とりどりのつまみや定食サンプルが並び、まるで夢のような光景が広がっていた。今度こそ、決まりだ!

カウンター席につき、広い店内を見回す。店員も板前も多ければお客も多く、かなりの人気店のようだ。壁には所狭しと定食や逸品料理の短冊メニューが貼ってあって、すでに注文もできるらしい。が、ここは初見の店。それらをじっくりと吟味するには、若干時間が足りない。ここはやはり「朝定食」に絞るべきだろう。メニュー構成はこうだ。

・「得朝定食」(550円)
・「ハムエッグ定食」(550円)
・「出し巻き定食」(500円)
・「納豆定食」(450円)
・「焼き魚定食」(680円)
・「三元豚 カツとじ定食」(850円)
・「さば味噌煮定食」(880円)
・「とろほっけ定食」(990円)
・「錦爽鶏 チキンカツ定食」(980円)

ごはんは2回までおかわりできて、3回目からは追加料金210円とのことで、全体的にかなりお得。そしてどれも魅力的。正直、どれでもいいくらいだ。となればここは、"得"の文字の信頼感にゆだねて得朝定食かな。そこに、僕はこういった定食を食べる際に、後半、白メシを「玉子かけごはん」にしてしまうというプチ贅沢が好きなので、裏面のトッピングメニューから「生卵」(50円)を追加。

で、またこの店がにくらしいのが、朝定食のメニューでありながら、その右下に控えめな文字で「生ビール」(530円)「ハイボール」(390円)が記載されているところ。そこには「今は朝だけど、飲みたければ飲んでもいいんですよ。うちはそういう店なのでどうぞご遠慮なく」というメッセージが明確に見てとれる。えぇ、のりましょうとも。

朝一番の生ビール

無論、生ビールがまずやって来た。当初の目的も忘れ、ぐいっとひと口。っふぅ。これから久しぶりのイベントに向かう高揚感。朝の横浜で生ビールという非日常感。最高。

「得朝定食」
すぐに「得朝定食」も到着。焼鮭、だし巻き玉子、冷奴、ごはん、みそ汁、漬物、それから追加した生卵。とてもトータル600円とは思えない豪華さだな......。

まずはみそ汁をズズズとすする。具はわかめとねぎか。大鍋でぐつぐつ作る、旅館風の濃いめ味というか、完全に旅先の朝の気分になってきたぞ。

続いて、空気をゆらゆらと揺らしながら目の前の焼き台で焼かれた鮭。身がしっかりと詰まって、皮がパリパリで香ばしく、文句なくうまい。醤油をたらした大根おろしとともにかみしめ、はふっと白メシをほおばり、もぐもぐもぐとよく味わったら、すかさず生ビール。こりゃ天国だ。朝定天国。

この価格にしてまったく手抜きなしの逸品

その他のおかずの堅実な実力も頼もしく、なかでも白眉だったのが、単体の定食もあるから名物のひとつなのであろう、だし巻き玉子。専用の焼き器で作ってぎゅぎゅっと押し固めたようなタイプとは正反対の、ふわりと薄く焼いて繊細に巻いただけのような、珍しいタイプ。甘さはなく、だしと塩気、油もしっかりと効いていて、これがごはんにもビールにも合いすぎる。

熱々でとろけるような食感

こんなごちそうはそうそうない
夢中でほおばってビールは飲み干し、調子にのって「チューハイ」(350円)を追加。いよいよオーラス。玉子かけごはんタイムに突入だ。

こうして

思いっきり混ぜる!
近年、ラズウェル細木先生の本の影響を受け、玉子かけごはんは"よく混ぜ派"になった。これがふわりとした口当たりでうまいのはもちろん、ひと口ごとの量の調整が効くから、実は酒のつまみにもぴったりなのだ。残ったたくわんをちびりとつまんでは、冷奴をつまんでは、玉子かけごはんをすすってその滋味を味わい、プレーンチューハイで洗い流す。いやぁ楽しい。定食飲みって、本当に自由で楽しいな!

って、あれ? ここにはなにをしに来たんだっけか。あ、そうだそうだ。今日はまだこれからが本番なんだった。調子にのってる場合じゃない。もうすでにのってるか。いやでもまぁ、このあとも酒は飲むんだし......「胃になにか入れておく」という当初の目的も果たせたわけだし......うん、大丈夫大丈夫。

【『パリッコ連載 今週のハマりメシ』は毎週金曜日更新!】