顔だけの女のコキャラふたりが、一本調子の棒読みボイスで多様なジャンルの説明トークを行なう「ゆっくり解説」動画を見たことはないだろうか。シュールな絵面の動画フォーマットが急増したワケは? 人気のチャンネルの"中の人"にも話を聞いてみた!

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■ふたりの女のコキャラは何者?

近頃YouTubeで、「ゆっくり解説」と呼ばれるジャンルの動画が増加中だ。頭だけの女のコキャラふたりが人工音声でさまざまな分野のトークをする動画を指し、扱うのは歴史や化学といった学問系から、アニメやゲームといったサブカル系、そのほか企業分析、鉄道、ホラーなど多岐にわたる。

YouTube上のチャンネル数は5300以上にわたり、なんらかの動画がレコメンドされた人もいるだろう。

しかし、これらのキャラのルーツや、なぜ多くのチャンネルが乱立しているかはわからない人も多いはず。そこで、ITジャーナリストの高橋暁子(たかはし・あきこ)氏に解説してもらった。

「ゆっくり解説」の元となったイラスト 右が霊夢、左が魔理沙。同人ゲーム『東方Project』に登場する主人公格のキャラだ。「ゆっくりしていってね!!!」のフキダシがつけられたアスキーアートが2次創作され、さらに3次創作でイラスト化されて有名になった。なお、解説動画だけではなく、ゲーム実況動画などでも使われている。©上海アリス幻樂団 「ゆっくり解説」の元となったイラスト 右が霊夢、左が魔理沙。同人ゲーム『東方Project』に登場する主人公格のキャラだ。「ゆっくりしていってね!!!」のフキダシがつけられたアスキーアートが2次創作され、さらに3次創作でイラスト化されて有名になった。なお、解説動画だけではなく、ゲーム実況動画などでも使われている。©上海アリス幻樂団

「ゆっくり解説動画に登場するキャラは、リボンをつけているのが博麗霊夢(はくれい・れいむ)、帽子をかぶっているのが霧雨魔理沙(きりさめ・まりさ)という名前。それぞれゆっくり霊夢、ゆっくり魔理沙と呼ばれることが多いです」

霊夢と魔理沙とは何者?

「もともと、彼女たちはゲーム『東方Project』に登場する主人公格のキャラです。東方Projectとは、原作者のZUNさんが『上海アリス幻樂団』名義で発表しているゲーム。ZUNさん個人で制作しているため、同人ゲームという扱いになります。

内容は球を発射して敵を倒す〝弾幕系シューティングゲーム〟と呼ばれるジャンル。霊夢と魔理沙が妖怪や神様が住む世界『幻想郷』で日々起きる異変を解決していくストーリーになっています」

その霊夢と魔理沙が、なぜ「ゆっくりキャラ」になったの?

「それには、東方Projectがネット文化の醸成とともに人気になっていったという背景があります。日本のネット文化は主に電子掲示板サイト『2ちゃんねる』(現・5ちゃんねる)で成長しましたが、東方Projectは2ちゃんねる全盛の時代に登場したこともあって、よく話題にされていたんです。

そんなある日、グラフィックデザイナーのDプ竹崎さんが『ゆっくりしていってね!!!』という一文とともに、霊夢と魔理沙の顔をモデルにしたアスキーアートを2ちゃんのスレッドで発表。さらにそのアスキーアートを、東方Projectとは無関係のイラストレーターのまそさんがイラスト化し、爆発的な人気になりました」

と、経緯はかなり複雑だが、まずは2次創作のアスキーアートができ、そこからさらに原作とは別のイラストレーターにイラスト化され、その3次創作キャラがバズって「ゆっくり」というワードがひとり歩きしたわけだ。

では、ゆっくり霊夢、魔理沙がYouTubeの数多くの動画で使われるようになった理由は?

「原作者のZUNさん、2次創作のDプ竹崎さん、3次創作のまそさんの3者が全員、自由に使うことをOKしたから。これにより数多くの配信者がゆっくりキャラを使用し始めたんです。最初はニコニコ動画ではやり、それがYouTubeにも導入されてきたという経緯です。

なお、彼女らの独特な棒読みトークはテキスト読み上げソフト『SofTalk』などが使われています」

こうしてゆっくりは実質的にフリー素材のようなキャラになり、その使い勝手のよさから現在の広がりにまで発展したというわけだ。

■専門書や論文を読んで台本を作る

『へんないきものチャンネル』 変わった生き物を幅広く取り上げるチャンネル。『カワイイけど実はアブナイヤツなんです。』(KADOKAWA)など書籍化もされている。(オススメ動画)【ゆっくり解説】海外で暴れている日本の生き物8選【逆特定外来生物?】 『へんないきものチャンネル』 変わった生き物を幅広く取り上げるチャンネル。『カワイイけど実はアブナイヤツなんです。』(KADOKAWA)など書籍化もされている。(オススメ動画)【ゆっくり解説】海外で暴れている日本の生き物8選【逆特定外来生物?】

キャラクターの正体はわかったものの、肝心のゆっくり解説動画について気になることはまだ多い。

そこで、YouTubeでゆっくり解説動画を投稿しているチャンネルの〝中の人〟ふたりにインタビューしていこう。まずは『へんないきものチャンネル』運営者・ろう氏に番組開設のきっかけを聞いた。

「私のチャンネルではへんな生き物や面白い動物について解説する動画を投稿しています。もともと生き物は好きで、幼い頃からよく動物図鑑を眺めていました。ですが幼少期に犬に顔を舐(な)められたのがトラウマになって、それ以来は生き物に触(さわ)れません(笑)。なので、大学も理系の生物系ではなく文系に進んだんです。

卒業後もIT系のベンチャー企業に就職したので、仕事では生物と縁がなかったんですよね。でも退職してフリーランスになり、サイトを作ったり記事を書いたりするなどいろいろな仕事を経験するうちに、好きな生き物に関する仕事を始めたいと思い2019年からチャンネルを開設したんです」

へんないきものチャンネルは4月30日時点で登録者数が34万人超。そこでゆっくり解説というフォーマットを選んだワケは?

「ゆっくり解説は霊夢と魔理沙という固定ファンのいるキャラクターを使用するので、一定数の視聴者を見込めるんです。また、ほかの人気のゆっくりチャンネルの関連動画に表示されることもあるので、そうした流入が見込めるのも大きいですね」

『地理の雑学ゆっくり解説』専門書からのリサーチをもとにしつつ、かつポップなテーマ設定で地理を扱うことに定評があるチャンネル。更新は不定期。(オススメ動画)過去の気温の復元方法 酸素同位体比で分かる人類の本能 『地理の雑学ゆっくり解説』専門書からのリサーチをもとにしつつ、かつポップなテーマ設定で地理を扱うことに定評があるチャンネル。更新は不定期。(オススメ動画)過去の気温の復元方法 酸素同位体比で分かる人類の本能

続いて話を聞いたのは『地理の雑学ゆっくり解説』(チャンネル登録者数16万人超)のけっぺん氏。マイナス50℃の南極に湖が存在する理由や、地中海性気候のタチの悪さなどマニアックな動画を投稿する彼も、地理が仕事と無関係だった点ではろう氏と同じだ。

「地理にハマったきっかけは、高校3年のときに聞いた河合塾の地理講師の授業です。ただその後、大学では文系を選んで地理に隣接した分野の研究をしたものの、大学院は理系に進学し、修士号取得後はSler(システムインテグレーター)としてIT系の会社に就職。そこで4、5年ほど働きました。

その後、コロナ禍でYouTubeを見る機会が増え、地理について語るゆっくり解説動画をよく見ていたのですが、どのチャンネルも満足できなくて。それなら自分で動画を作ろうと思い、会社員をしながら投稿を始めたのがきっかけですね。30歳になる直前に会社を辞め、今は動画投稿やYouTubeコンサルで生計を立てています」

1本の動画を投稿するまでには、どのくらい時間がかかる? まずはろう氏。

「だいたい2日かかりますね。1日目に台本を作って、2日目に動画を作るというやり方を徹底しています。私のチャンネルではこのサイクルを2年ほど順守し、月水金の週3日更新を継続中です。動画作りは大変ですが、苦労よりも楽しさが勝るんですよね。

じっくり調べないとアクセスできない情報を知ることができたり、生き物に関わる仕事をしている方から情報をいただいたりするなど、新しい発見が多いんです。自分は生き物の専門家ではありませんが、だからこそ素人の視点を残せるように頑張っています」

一方、けっぺん氏はもう少し時間をかけているという。

「1本の動画におよそ60時間かかっていますね。私は動画内で出している論文のデータやグラフをすべて自分で起こしたり、編集に凝りすぎたりしているので、普通のゆっくり解説チャンネルではやらなくていい作業をわざわざやっているきらいはあります。YouTubeで効率的に収益化するのが目的の人なら、ここまでこだわる必要はないでしょう」

特にけっぺん氏がこだわるのが、事前のリサーチだ。

「例えば『過去の気温の復元方法 酸素同位体比で分かる人類の本能』という動画を作るためには本を6冊読みました。しかも新書などのライトな本ではなく、基本的に専門書や論文、事典です。

また、常に物事を違った視点で見ようとするクセがあるので、学会で主流の説より、たとえ古くても個人的に面白いと思ったものをリサーチしますね。今も、50年前に書かれた宗教地理学の専門書を読んでいます」

そんなけっぺん氏だが、今、悩みがあるという。

「始めた頃は楽しい趣味だったんですけど、仕事として始めてからはどうしても作業と思えることが増えてきたんですよね。自分が面白いと思うものが必ずしもたくさん再生されるとも限らないので。

お金を稼ごうと思ったらウクライナだったり韓国といったセンシティブな話題を扇情的に取り上げればいいんでしょうが、それは性に合わない。動画がハネた月は会社員時代の収入を上回ることもあるんですが、下回るほうが多いですね」

そのため、以前勤めた会社に戻ろうか迷っているそうだ。

なお余談だが、一部のチャンネルでは、霊夢と魔理沙ではなくオリジナルキャラクターを使用して動画を投稿するケースもある。ろう氏のチャンネルでは2年半ほど前、YouTubeの誤判断による収益剥奪がきっかけでシフトしたそうだ。

「現在、私のチャンネルでは『きつねさん』と『たぬきさん』というオリジナルキャラクターを使用しています。

というのも、もし今後、生物専攻の方が作るゆっくり解説動画が登場してしまうと、どうしても知識面ではかないません。ですから、うちのチャンネルにしか出せない独自の魅力を出すためにも、オリジナルキャラクターを使用しているんです」

★専用ソフトを使って編集! ゆっくり解説動画ができるまで

(1)台本作り まずは霊夢と魔理沙のトーク台本を作る。膨大なリサーチから台本を構成する投稿者も多く、腕の見せどころだ。

(2)セリフの入力 セリフを編集ソフト『ゆっくりMovieMaker4』に打ち込んでいく。声のトーンやイントネーションも変えることが可能だ。

(3)立ち絵の設定 続いて、あらかじめダウンロードしておいた立ち絵を追加していく。イラストの大きさや表情はこの工程で調整する。

(4)アップロード 編集が済んだらYouTubeに投稿すれば作業は終了。一見シンプルな作業に映るが、ここまでで2日以上かける投稿者も。

■知的好奇心が強い人のアウトプット

前出のITジャーナリスト・高橋氏は「ゆっくり解説は知的好奇心が強かったり、調べもの好きな人だったりのアウトプット方法のひとつとして定着しつつある」と指摘する。

「一般的なYouTuberとは違い、顔出しの必要がありませんし、トーク力もいらない。今流行しているVTuberも顔は出さないものの、上手なおしゃべりを要求されますからね。

その上、ゆっくり解説は動画を作るソフトもあるので参入障壁がとても低いんです。台本ひとつ、つまり自分の知識と構成力だけで勝負できるので、意欲のある方は挑戦しやすい環境にあるといえます」

実際、副業としてゆっくり解説動画を投稿する人は多いという。今後もこうした動きは加速していきそうだ。

今回取材したふたり以外にも要チェックなチャンネルはまだまだある。歴史を動かした古今東西の奇書を紹介する『三崎律日(みさき・りつか)/Alt F4』や、有名企業の歴史や会社の倒産劇を分析する『カカチャンネル』など、個性的なチャンネルを前ページでピックアップしているのでこちらもぜひ見てみてほしい。知的好奇心をくすぐるディープな動画の世界、ゆっくりしていってね!!!