ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

西東京市の田無という街。我が家からそう距離があるわけではないものの、僕がメインで使っている西武池袋線ではなくて西武新宿線の駅なので、意外と縁は薄い。

ただ、「だるまさん」や「一国」などの好きな酒場にたまに飲みに行くたび、どこかいなたい地方都市感になんとなく旅行に来たような気分になり、一度ゆっくりと散策してみたいと思っていた。

先日、日中に田無に行く用事ができて、それが叶う。

南口駅前、名店「秋元屋」の流れをくむ「一国」

田無駅北口

気になる酒場も多い

時刻はまだ昼過ぎで、僕のような気ままな自営業者がランチを食べるならば、午後1時以降の少し落ち着いた時間帯がいいだろう。というわけで、小一時間ほど駅周辺を徘徊してみる。

大好きなチェーン酒場の「かぶら屋」では、店舗限定だというラーメン営業をしているし、いかにも古そうな「珍山海」という酒場のランチも良さそうだ。定食を頼むと、なんと生ビールが150円で飲めるという「しんぱち食堂」には、後日絶対に行こう。が、今日はどうしても気になる看板を見つけてしまい、もうそれを食べてみなくては気が済まなくなってしまった。

若い勢いを感じる外観の"お好み焼きバー"、「ドロップキック」という店の、ランチ限定「釧路スパカツ」だ。

「ドロップキック」

これが気になる!

ランチタイムは数種のパスタを提供しているらしく、なかでも激推しされていたのが、この「釧路スパカツ」なる一品。

看板の説明によれば、「焼きパスタにポークカツレツ、デミグラスミートソースを添えた釧路B級グルメ」だそう。スパカツ......聞いたことがあるようなないような......。とにかく、もう無性に気になってしまっているので、食べてみるしかない。

入店

店内は昼間にも関わらずちょっと薄暗く、いかにも今風のダイニングバーといった雰囲気。そしてこれから食べるのは、どう考えたって酒に合いそうなスパカツ。となれば、ビールを頼まずにいられるわけがない。ってまぁ、僕はいつなんどきであろうと、うまいメシと酒の幸福を味わう隙を求めているだけなんだけど。

というわけでスパカツランチの、なんのグラム数を示しているんだかはわからないけれど、一番小さい「M200g 830円」と、生ビールを注文。

「生ビール」(550円)

ていねいな管理と注ぎかたのこだわりを感じる、きめ細やかな泡の生ビール。そいつをおごそかにぐい~っと飲む。......ふぅ、旅先で真っ昼間から飲むビールって、なんでこんなにうまいんだろう! って、ここはご近所の田無だったか。いやでも、僕にとっては間違いなく旅先なのだ。そう思ったほうが、ビールが3割うまいんだから、我に返ってる場合じゃない。

すかさずスープもやってきた。

ランチのスープ

失礼ながら若干にごった色で、クルトンが数粒浮いているだけの、一見色気のないスープ。ところがひと口飲んでみると、オーソドックスなコンソメ味のなかに野菜の旨味と甘みがたっぷりと飽和していて、ものすご~く美味しい。そこでスプーンで底からすくってみたところ、サイコロ状に細かく切られたさつまいもがたっぷりと入っていた。やるな、この店。

スープ&ビールを楽しんでいると、厨房からジューッとカツを揚げる景気のいい音がしだし、やがてスパカツもやってきた。

どん!

うおー! 鉄板から溢れんばかりに盛られたパスタ、その上にとんかつ、さらにたっぷりのミートソース。そこからもくもくと湯気が立ち上り、なんとも大迫力。

とんかつとミートソースの相性は......

まずはカツをひと切れ持ち上げてみる。肉は少し薄めだが、そのぶんかなり巨大で、これ、一体何切れあるんだろうか。とんかつ好きの僕としては嬉しすぎる。衣はサクサク、肉はジューシーで、そこに、これまたひき肉たっぷりのフルーティーかつ濃厚なミートソースが絡まり、ひと口食べただけでズドーンと衝撃を受けるうまさだ。とんかつとミートソースが、こんなに合うなんて! すでに疑問に思いはじめている。なぜこれが釧路だけのご当地グルメなんだろうと。

そしてパスタを掘り起こす

とんかつを数切れ食べて、やっと掘り起こすことができはじめたパスタがまたいい。基本味はついていないんだけど、鉄板に当たった部分がほんのりとおこげ状になった、プリプリの細麺自体がうまい。それをたっぷりミートソースをまとったとんかつと一緒にほおばるのは、おかずと白メシを一緒に食べている感覚に近いかもしれない。どちらの味もよくわかるし、その相乗効果で何倍も美味しいというか。きっと、ミートソースパスタにとんかつをのせただけでは、このハーモニーは生まれないんだろうな。

タバスコと「イタリア風唐辛」

店員さんに「お好みでどうぞ」と出してもらった、タバスコと「イタリア風唐辛」なる自家製らしきスパイス。辛いもの大好きな僕は両方試したが、タバスコが合うのはもちろんのこと、このイタリア風唐辛がさらに良かった! ヒリヒリとした辛味も強烈ながら、唐辛子自体の甘み、旨味もしっかりと感じられるようなバランスで、あまりにも気に入り、思わずバカみたいにかけてしまう。

これでもか! と

唐辛子をかければかけるほどに食欲が湧いてきて、最初は食べきれるか? と不安なくらいのボリュームに感じたのが、体感としてはぺろりだった。おそるべしスパカツ......。

スパカツは、老舗レストラン「泉屋」で1960年ごろに考案され、今では多くの店で提供されている釧路市民のソウルフードだそうだ。帰り際に聞いてみたところ、別に店主が釧路出身というわけではなく、旅先で食べて美味しかったからそれを再現して出しているんだとか。うんうん、その気持ち、よくわかる。もし僕が飲食店を経営していて、釧路でこの味に出会ったら、やっぱり自分の店で出してみたくなるもん。

いや~、いいものを知っちゃったな。また食べたくなったら取り急ぎ、釧路か田無を訪れることにしよう。

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