アイルランドでのひとコマ。ビューリーズに行けなかった後悔×子羊たちをモフモフできた幸せで、プラマイゼロどころかプラス
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、ステンドグラスは窓か、窓じゃないかが争点の裁判について語る。

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ガラスを使った光の芸術品、ステンドグラス。ランプや小物にも使われていますが、教会や洋館を彩るものをイメージする方も多いと思います。ではステンドグラスは、窓でしょうか? 移動可能なアート作品でしょうか? 私が今、気になっている裁判の争点は、まさにこの"窓か窓じゃないか問題"です。

舞台は、アイルランドの首都ダブリン。ここのランドマークになっているのが、ビューリーズ・カフェという創業100年近い老舗です。ジェイムズ・ジョイスの名作『ダブリン市民』に出てくるほど長く愛されている超有名店で、紅茶はもちろん、ハンドペインティングによるアールヌーヴォー様式の繊細かつ華麗な6枚の巨大ステンドグラスをひと目見るために訪問する人も多くいます。かつてジョイス文学にハマった身としては、それを眺めながら紅茶とアイリッシュスコーンでひと息つくのが憧れ。しかし。そのステンドグラスが今、ピンチ。概要はざっくり次のとおり。

ロックダウンと長引く入場制限により、ビューリーズ・カフェは家賃の滞納が続いていました。パンデミック以前からダブリンの家賃高騰は問題になっており、ビューリーズは年約150万ユーロ(約2億円)をビルのオーナーに払うのに苦労していたそうです。名物のステンドグラスは、アイルランドを代表する挿絵画家でステンドグラス作家のハリー・クラークが作ったもので、この建物で一番価値があるもの。

そこでビューリーズは100万ユーロ(約1億4000万円)以上の価値があるこのステンドグラスを売り、家賃に充てようと考えました。大家さんが買ってもいいし、ビューリーズにステンドグラスを寄付する形にしてくれるならほかの人でもいい、という計画です(ビューリーズファンは多く存在するので、財団や大企業が手を挙げる可能性があったそう)。

しかしオーナーからすると、ステンドグラスはそもそも建物の窓なので、自分の所有物を自分に買わせるというこの計画はおかしい。一方のビューリーズは、これは窓ではなく装飾がついたパネル鏡板で、取り外し可能なアート作品であり、建物の一部ではないと主張。ちなみに作品自体は、1920年代にビューリーズが依頼したことがわかりました。

「もともとの窓から取り換えたものなら、持ち主はビルのオーナーではなくビューリーズじゃない?」と思いましたが、当時はビルごとビューリーズのもの。それを1980年代に今のオーナーに売却したので、オーナーからすると2度も同じ窓を買わされることになる......。調べる限り、売却当時の契約書にはステンドグラスのことは記載されてなかったみたいです。

5月末現在、裁判の結果は出ていません。窓なのかパネルなのか。本当に取り外し可能なのか。そもそも窓は何をもって窓なのか。窓か窓じゃないか論争、気になります。

最後に、私の高校のステンドグラスの授業から。中世、赤毛の少年の尿には魔法の力があったことから、ステンドグラス作りには欠かせなかった、と先生。魔法の力があった「とされていた」の言い間違いだったのか、本当に当時は魔法の力があったのか論争の決着も、私の中ではまだついていません。

●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。ステンドグラスの先生が毎回、U2の同じアルバムを鬼リピートしてたため、U2を聴くと赤毛の少年を連想してしまう。
公式Instagram【@sayaichikawa.official】

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