ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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元「でんぱ組.inc」のメンバーで、現在は下北沢で「夢眠書店」を経営するほか、多彩な活動をしている夢眠ねむさんと初めて会ったのは、2016年のことだった。
共通の知り合いもいて、お互いに存在は認識していたものの、それまで直接の接点はなかった。そこで、当時僕が監修させてもらっていた「酒場人」という雑誌の対談企画で、お話をさせてもらいたい人のひとりとして、ぜひにとお願いした。
対談は椎名町の「正ちゃん」という魚のうまい居酒屋で行われ、ねむさんの楽しいひとがらのおかげで、約2時間があっという間に過ぎた。もちろん好きなお店の情報なども次から次へと出てきて、どれこれも気になるから、その日だけで「いつか行きたい店」リストがぐんと増えた。そのなかのひとつで、ずっと気になっていたのが、JR秋葉原駅構内にある「新田毎(しんたごと)」という立ち食いそば屋。ふだんは1100円の『ステーキカレー』が、曜日限定でなんと690円になり、それはねむさんの勝負メシのひとつなのだとか。
先日、秋葉原のとある企業に、僕にしては珍しく、酒がらみではない取材に行く機会があった。取材は午後1時から。となればその前に昼ごはんを食べておきたい。絶好の新田毎チャンス到来だ!
電車で現地に向かいつつ調べてみると、店は「総武線6番ホーム」にあるらしい。僕は秋葉原にはあまり縁がなくて、いまいち位置関係がわからないんだけど、まぁ探せば見つかるだろう。と思っていたら、池袋から乗りこんだ電車を降り、目の前の階段を登ったところに、いきなりあった。
店名よりもでっかく、かつ「生そば」の文字を覆い隠してまでアピールされている「ステーキカレー」の存在。間違いない。
このステーキカレーがお手頃に食べられるのは、火木土日の「お客様感謝デー」限定らしく、ねむさんから教えてもらった6年前からは値段が上がってしまっているが、それでもどう考えても安い750円。この店にまだ一度も入ったことのない僕が、はたして「お客様感謝」の恩恵を受けていいものか。多少気遅れはするものの、今日からこの店の客として成長していくことを心に誓い、入店。
店内には、縦長のカウンター席がずらりと並ぶ。全席に椅子があるので、正しくは、立ち食い"系"だな。長い歴史を感じさせる僕の大好きな雰囲気で、よくぞ今まで残ってくれていたものだと感激する。
入り口を入るとすぐに券売機。その前に、上品なマダムといった雰囲気の、コンシェルジュ的な店員さんがいらっしゃり、「まずはそちらで食券をお求めください。買われましたらこちらにお並びください」と、テキパキと客をさばいていく。こういう店にしては珍しいけれど、場所がら、多種多様な人が利用するからだろう。
無論、迷いなくステーキカレーの食券を買い、それからえ~と、ビールは......あ、ここは酒類ないのか。というか、いつものクセで自然に探しちゃってたけど、これから真面目な取材仕事なんだった。あぶないあぶない。よし、今日のお昼は食事のみ!(当たり前のことを高らかに宣言)
できるのを待つ間、あらためてステーキカレーの説明書きを見てみる。するとそこには「牛脂を注入したやわらかい加工肉使用」と書いてある。っくぅ~! いい! この、店が店なら隠そうとすらしかねない情報を、堂々と開示してくれる姿勢。いやそれどころか、「こんなにいいものですよ」と売りにしているようにすら見える。プライドを感じる。近年、いい年になってきたこともあって、多少健康にも気をつかうようにはなったけど、僕はやっぱり、ジャンクなものも大好きだ。牛脂注入加工肉、正直言って、そそる!
立ち食い店らしいスピーディーさで完成したカレーを受けとり、「お好みでお使いください」と言われた和風おろしステーキソースは、いきなり全体にかけてしまうと元の味がわからないからステーキの半分にだけかけ、空いている席に着く。巨大な皿に盛られているのは、たっぷりのカレーライス、真っ赤な福神漬け添え。つまり、僕の大大大好物。そしてその上にどーんと、これまた巨大なステーキ。まるで、小学生時代の自分が考えた"最強のごちそう"って感じだな。
ではいざ、まずはソースのかかっていないステーキ単体からばくり! うおおお、これは......肉、柔らけー! 牛の旨味、すげー! これ、さっき教えてもらってなかったらきっと、たっぷりとサシの入った高級肉と勘違いしてたな。牛脂万歳!
続いて和風おろし部分のステーキをぱくり。うん、ほどよい酸味がこってりした牛肉とベストマッチだ。すかさず白米で追いかけると、お米自体がまたうまい! このあとにまだカレーも控えているというのに、なんて幸せな料理なんだろうか......。
お次はカレー単体へ。甘辛酸のバランスが良く、心地よいもったり感で、完全に僕好みの正統派和風カレー。ほとんど溶けてしまっているようだけど、たっぷりと豚肉が入っているのも嬉しくて、あぁもう、どんどん新田毎のことが好きになっていく。
そしていよいよ未体験ゾーンへ。ステーキをひと切れ箸で持ち上げ、カレーの海へドボン! なんだか子供のいたずらのような背徳感があるな。一体どんな味なんだろう。スプーンでカレーライスとステーキをがっつりとすくい、思いっきりほおばる!
もぐもぐもぐ......お? お? なんだ? 食べはじめは、「すっごく美味しいステーキとすっごく美味しいカレーライスの両方が口のなかにある」という、まるでそのままの感想。ところが噛みすすめるごとにどんどん両者が融合し、口のなかで絶品ビーフカレーに変化してゆく。最初から牛肉をたっぷり入れて煮込んだカレーもそりゃあうまいけど、それとはまったく別の感覚だ。美味しい×楽しい!
と、うっとりしながら人生初体験の絶品カレーを堪能しきると、なんだか珍しく、このあとの仕事に対する臨戦態勢が整ったような気分になっている。「栄養とスタミナは補給した。よし、やるぞ!」って。このステーキカレーをねむさんが「勝負メシ」と言っていた意味が、なんだかわかった気がした。