ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

カレーパンの空洞とは、虚無である。

この世に生まれ落ちてから今までずっと、僕はそのように考えていた。ご存知のとおり、カレーパンの中心には巨大な空洞があり、それは制作過程において空気が膨張するために生じてしまうもので、つまり、いたしかたないものだと。だから、好物ではあるものの、毎回ほんの少しだけ切ないような気持ちとともに食べるのが、僕にとってのカレーパンだった。

ところが先日、コンビニのホットスナックコーナーを眺めていてひらめいた。「このコロッケ、カレーパンの空洞にスポッとはまりそうじゃん!」。一転、空洞は僕にとって虚無ではなく、好きなおかずを詰め込むための「トッピングポケット」という、新しい価値になったのだ。

そんなことを思いつき、とある媒体で、カレーパンの空洞にあれこれ詰めては食べてみるという記事を書いた。ちなみに僕は仕事で、そんなことばっかりやっている。必然的に先週の昼食は、毎日カレーパンになった。もちろん後半になればなるほど、「うまいんだけど、確かにうまいんだけど、今日は別のものが食いたい......」という気持ちが強まっていった。

ところが、行動とは運命を引き寄せてしまう。

カレーパン週間がやっと明け、土日を挟んで月曜日。僕は出先での仕事を終え、西武池袋線で自宅のある石神井公園駅に向かっていた。時刻は午後2時ごろで、まだ昼食を食べていないから、さてどこに寄って帰ろうか? と考える。電車が練馬駅にさしかかってふと思い出す。

そういえば以前、先輩ライターの安田理央さんが「練馬駅近くにある『デンマークベーカリー』では、フードコートでビールまで飲める!」というような記事を書いていたよな。パン屋の惣菜パンやホットドッグ、サンドイッチでビール。いいじゃない。そう思い、突発的に途中下車した。

「デンマークベーカリー 練馬店」

駅からすぐの場所にあるデンマークベーカリーに到着してみると、確かに2階にイートインコーナーがあり、各種ソフトドリンクの他に、ビールとワインが頼めるようだ。さらに扉横のポスターを見てみると、7月の限定パンのなかに「プルドポークのカレーパン」とある。

プルドポークとは、豚肉にじっくりと火を通したのちにほぐし、ソースなどで味つけした僕の大好きな料理。それのカレーパンとは気になる。よし、多少食傷気味ではあるけれど、このカレーパンは買って、それともうひとつかふたつ、別ジャンルのパンを買って、デッキを組み立てることにしよう。

ところが店内には、僕の想像を超えた風景が広がっていた。入店してまず目の前の棚に「食感楽しカレーパン」という商品がある。おいおい、こっちも気になるじゃないかと、さらに店内を徘徊すると、見つかる見つかる、「クリームチーズカレーパン」「むっちり辛口カレーパン」「お子様カレーパン」「ツナカレー」「ゆで卵入りカレーパン」......。もちろんその他のパンもあるものの、それにしたってカレーパン率が異常に高くて、もはや「カレーパン屋」じゃないか!

それもそのはずで、なんでもカレーパンの発祥は「江東区の『名花堂』が1927年に実用新案登録した洋食パン」とする説が多い一方で、「同時に練馬区の『デンマークブロート(現デンマークベーカリー)』が元祖」だとする説もあるのだとか。そんな歴史があればこそ、カレーパンにこだわって当然というわけか。

僕は覚悟を決めた。個人的「2022夏のカレーパン祭り」最終日は、先週の金曜日ではなく今日だったということにして、ここは徹底的にカレーパンと向き合おう! と。だって、どのカレーパンも気になりすぎて、むしろ選びきれないくらいなんだもん。

というわけで、発見した7種のなかからなんとか絞りこんだ僕のラインナップが、「プルドポークのカレーパン」(313円)、「むっちり辛口カレーパン」(270円)、「ツナカレー」(226円)の3種。プルドポークは最初から決めていた。むっちり辛口カレーパンは、商品説明の「スパイシーでむっちりしています」というなんともストレートなフレーズにやられた。それと、いちばん味の想像ができなかったツナカレー。

それらを持って2階へゆくと、広々とした店内に点在する客たちが、ぼーっとしたり、談笑したり、PCでなにやら作業をしたりと、思い思いに過ごしている。いい空間だ。

レジカウンターへ行き、小瓶ビールの「エビス」(500円)と、パン以外にもいくつかある軽食メニューから「じゃがいものスープ」(150円)を追加注文し、会計をして窓辺の席へ。いよいよカレーパン祭りのスタートだ。

祭りが始まる
「プルドポークのカレーパン」
まずはもちろん、プルドポークから。ずしりと重いパンをふたつに割ってみると、なかには柔らかな豚肉がたっぷり。がぶりとかぶりつく。うんうん。パンはけっこうしっかりと歯ごたえがあり、カラッと揚がった表面が香ばしい。それから食べでのある豚肉に、甘みが強めでありながら、夏らしいスパイシーさを感じるカレーが絡みつく。特に主張しているのは......僕はあまりスパイスには詳しくないんだけど......これはあれな気がする。コショウ。それも「生コショウ」とかそういう言葉が思い浮かぶような、フレッシュな香りの。

すかさず、カレーパンをひと口食べた瞬間に体を吹き抜けた熱風を冷ますように、グラスに注いだビールをごくり。......はぁ、これはいいぞ。

「ツナカレー」
続いて気になるツナカレー。こちらはいわゆるカレーパンというよりは、普通の惣菜パンに近いスタイルだな。さて......。

カレー味のツナがたっぷり
わぁ! これもいいな~。パンはふわふわ食感で甘く、そこにカレー味のツナがたっぷり。さらに、マヨネーズもたっぷりで、まったりと濃厚、かつわんぱくな美味しさだ。今まで食べたことのない組み合わせだけど、かなり好き。それ、ビールビール!

「むっちり辛口カレーパン」
そしてラストは、むっちり辛口カレーパン。カリカリサクサクとした衣部分と、噂に違わぬむっちり具合のパン部分、その食感の融合が心地いい。中身のフィリングは、ひき肉がごろごろのキーマタイプ。味わい濃厚で、食べれば食べるほどに舌がピリピリと痛くなる本気の辛さだ。これぞ大人の、ビールに合うカレーパン!

途中途中、温かいじゃがいものスープで味をリセットしながら、思わずおかわりしたビールをぐいぐい。ちょっと多いかなと思っていたパン3つを、あっという間に平らげてしまった。

練馬の街並みを眺めながら
アルコールも飲めるパン屋のイートイン。気軽に立ち寄るのに最高なシステムだし、なにしろ、パンをつまみにビールを飲むという独特の幸福感がいい。これから練馬に来るたび、また寄ってしまいそうだな。

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