ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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この夏、一念発起して個人の仕事場を借りた。といっても、6畳一間プラスロフトという最低限の間取りの、誰に言っても信じてもらえないくらいお手頃な家賃のアパート。だが、やはり自分だけの城があるというのはいいものだ。おかげでここ最近、いつになく仕事が捗っている(ような気がしているけど、ただの気のせいかもしれない)。
ところで僕には、初詣や厄払い、それからなにか新しいことを始めるときなどに、決まって行くことにしている神社がある。そのため、今回も早めにそこへお参りに行き、お札も買ってきて、簡易的な神棚を作っておまつりしておきたいと思っていた。が、つい目の前の締め切りや日々の雑事に追われがちになり、やっと行けたのが昨日。仕事場を借り始めたのが6月の末だったから、そんなそわそわした期間を約1ヶ月も過ごしてしまったということになる。
神社は、新宿と川越を結ぶ「西武新宿線」のとある駅近くにあり、仕事場からいちばん近い駅は「上石神井」。というわけで、午後1時ごろ。無事お参りを済ませ、身も心もスッキリとした気分で、上石神井駅まで戻ってきた。
さてどこかでメシでも食って帰ろう。と改札を出て、前からなんとなく気になっていた店のことを思い出した。駅からすぐの場所にある、「ビアレストラン リーフ」という店。
なにしろ「ビアレストラン」という響きが魅力的だし、ビアジョッキがあしらわれた看板もいい。店頭にメニューが出ていて、ランチ営業もしているようだ。数種のカレーや、サービスセット類、「魚介のアヒージョ」「ポトフ」「ベーコンエッグサンド」などの洋食メニューを中心に、「豚キムチ」「肉焼売」「豆腐チゲ雑炊」なんてものまで、相当なメニュー数がある。さらには、肉料理、魚料理、アラカルトに一品おつまみなど、かなりある単品メニューも頼めるようだ。
よし、いいタイミングだし入ってみよう! と、年季の入った階段を上り、ドアの前にたどり着くと、そこには「本日のサービス こだわりモルト限定品 地ウイスキー 特製ハイボール 380円」との張り紙が。なぁんだ。この時点でもう、名店確定じゃないか。
ドアを開けると、店内はふたつのフロアに分かれていて、想像していたよりもずっと広かった。全席が埋まれば5~60人は入るんじゃないだろうか。そこを切り盛りするのは、上品なマダムと渋いマスター。ご夫婦だろうか。
通してもらった窓辺の席は、その日最高で35.9℃もあったらしい猛暑の屋外とは別世界。エアコンが効き、壁には小粋なポスターやトロンボーンのオブジェなどが飾られていて、80年代らしきシティポップが絶え間なく流れている。
あまり詳しくないので「Shazam」というアプリを使って調べてみたところ、楠木恭介、五十嵐浩晃、池田聡、杏里......といった感じ。まるで当時の映画や漫画の世界に迷い込んだような気になるし、それでいて窓にかかっているのがカーテンやブラインドとかじゃなくて「よしず」というのが、たまらなくグッとくる......! ひと段落の生ビールを飲みながら、その空間をすみずみまで堪能しつつ、さて、メニューを決めよう。
写真つきのランチメニューはどれも豪華な内容で、しかもかなりリーズナブル。なかでも、チキソテー、カットステーキ、ハンバーグ、目玉焼き、ライスまたはパン、スープ、という盛りだくさんな内容の「サービスセット B」が1080円とは、あまりにもお得に感じる。それにしてみよう!
すぐに、まずはセットのスープが運ばれてきた。何気なくひと口すすると、いわゆるオーソドックスなコンソメスープだし、具もそんなに豊富なわけではないのに、やたらとうまい。野菜の甘味がしっかりと感じられて、塩気が絶妙で、熱々なのも嬉しい。
そういえば、こういうスープや前菜、居酒屋ならお通しなどが想像を超えて美味しかったときのワクワク感っていうのも、飲食店ならではだよな。お! と、いったんピシッと襟を正したくなるような。もはやここが名店なことは間違いないが、それにしても、想像以上にすごい店なんじゃないだろうか? という予感がぐんぐん高まっていく。
やがて、しばらく厨房から聞こえていたジュージューという景気のいい音がやみ、僕の前にBセットが運ばれてきた。これは......やっぱりすごいかもしれない!
なんていうか、オーラがもううまいと言っている。料理たちが、窓から差し込む陽光すらをも味方につけ、キラキラと輝いている!
チキンソテー、カットステーキ、ハンバーグたちが、にんにく醤油の香りがたまらないソースをまとい、その奥には今にも黄身が弾けそうでありながらきっちりとその身をキープする、熟練の技で焼かれた目玉焼き。さらに、マカロニとポテト、2種のサラダまでのっている。
まずは手はじめに、そのサラダをひと口ずつ。まったりとまろやかなマカロニサラダも、対照的にじゃがいも本来の味を生かしてさっぱりと仕上げられたポテトサラダも、ていねいに手作りされたことが伝わってくる味だ。ビールをぐびり!
続いては、う~ん、ステーキは早いしチキンソテーでは守りに入りすぎな気がする。よし、ハンバーグ! とナイフを入れると、超超粗びきで肉々しさマックスの絶品。ほんのりと甘みのあるにんにく醤油ソースとの相性もすさまじい。
そしたらチキンだ。ぶりんぶりんで旨味たっぷり。こんがりと焼かれた皮のジューシーさも、いいな~。
さぁいざステーキへ! 小さめのカットステーキがふたつだから、合計4口という計算になるだろう。大切に味わわねば。
するとこのステーキがまた、感動的にうまかった......。赤身肉なのに、見た目からは想像できない柔らかさ。でありながら、心地いい弾力もしっかりとある。そして噛めば噛むほどにあふれだす、上品かつ力強い牛肉の味と香り。この街で長く営業を続けてきたのであろう洋食店のすごみを、ガツンと突きつけられたようだ。
あらためて、このセットで1080円という値段は、お値打ちすぎるんじゃないだろうか......。そんなこんなで白米もビールも進みすぎ、本日のサービス品である「ハイボール」をおかわり。これがまた、単にウイスキーを炭酸水で割った飲みものではなくて、きちんと作られたカクテルの美味しさなのだった。
そんなハイボールをありがたくちびちびと飲みつつ、ちょっとはしたないが最後のお楽しみ。ライスに、残ったハンバーグと目玉焼きをのせ、えいやっと黄身を潰して一気にかっこんでしまう!
あ~、大満足。と、余韻に浸っているとマダムより「ランチサービスで温かい『コーヒー』か冷たい『ハーブティー』をお出ししているんですが、どちらになさいますか?」と声がかかる。ま、まだサービスがあるんですか......。
すぐにやってきたハーブティーのフレーバーは「ハイビスカス」だと思われ、「SUNTORY TROPICAL COCKTAIL」とプリントされた可愛らしいグラス、そして相変わらず流れるシティポップのサウンドとともに、僕にリゾートの風を運んでくれた。
こんなにも末長く通いたくなる店が、家からそう遠くない場所にあったんだ......。いいことを知ってしまったな。