『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、最近めっきり見かけることの減った「扇風機星人」について語る。
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午前中から30℃を軽々と超えた7月のとある猛暑日。夏休みらしき兄弟とお父さんとにすれ違いました。タオルで汗を拭く兄、スポーツ飲料をがぶ飲みする弟。そして携帯扇風機に顔を近づけ、誰もが言ったことのあるあのセリフを発する父。
「ワレワレハ、ウチュウジンダ!」
息子たち、大爆笑。世界平和の象徴のような場面でした。
回っている扇風機の前で宇宙人として挨拶(あいさつ)をする。昭和の先人たちが残してくれたこの素晴らしい夏の作法と、令和に夏の風物詩の仲間入りを果たした手持ち扇風機の、ありそうでなかった融合に、私はひどく感動しました。
誰かに教わったわけでもないのに、扇風機に向かって「あ"あああ」と声を出してしまうのは、人間の本能だと思います。声が揺れる感覚と声色の変化が面白くて、なんだかやりたくなるのはザ・あるあるネタといえるでしょう。個人的には、「あ"ああー」を覚えてから扇風機星人パターンを知る→自分が笑いの天才だ、と思うところまでが、大人になるための通過儀礼だと思っています。しかし現在、扇風機星人は絶滅危惧種です。大事な文化が失われつつあります。
要因はエアコンが普及したことはもちろん、世代によって宇宙人像が変化したこともあると思います。宇宙人がこっそり人間社会に紛れ込んで生活する作品などで育った今の子供には「ワレワレハ」と丁寧に自己紹介をしてくれる扇風機星人はあまりピンとこないのもしょうがない。語尾に「ダ!」という妙な自己主張を含ませるのも今っぽくない。しかし、私が思うには、一番の原因は扇風機そのもの。最近の扇風機は性能がよすぎて、扇風機星人が現れません。
そもそも声は原理的に、物にぶつかると跳ね返ってくる。壁に向かって声を発すると反射して大きく聞こえるのに対して、何もない空間に向かって出した音は小さく聞こえるのはこの性質のため。扇風機の前では、羽根に当たって返ってくる声と、羽根と羽根の間を通り抜ける声があります。声が当たる→声が当たらない→当たる→当たらないが繰り返されて、ほぼ同時に聞こえるのがあの宇宙人ハーモニーの正体。
しかし、最近のものはとにかく羽根が細くて多い。羽根と羽根の間が狭くなって風の切れ目が減ったので、風は優しくなりましたが、その分、声色の変化も少ない。劇的に声が変わってあのエコーがかかる感覚が弱いので、宇宙からのメッセージが届かない。昨今人気の羽根のない扇風機とやらは論外。
ここで提案です。扇風機星人に特化した、羽根の少ない扇風機を作りましょう。3枚羽根、いや2枚羽根で、回転数は速すぎないもの。長時間風に当たるのは疲れるけど、声のエコーはピカイチなはずです。
せっかくならビジュアルも宇宙人に寄せて、捕らわれた小柄な人間サイズで、色はグレーか黄緑色。「ワレワレ」と言うくらいなので、仲間となる扇風機星人に適している粗い携帯扇風機もセットでつけます。この計画が成功したら、昭和の扇風機イズム第2弾として、前ガードの部分にヘロヘロのリボンが結んである扇風機も発表したいです。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。扇風機の後ろに座って、けなげに涼しくなろうとしていた愛犬がいとおしくて仕方ない。公式Instagram【@sayaichikawa.official】